078 シャングリラ後日談

□天秤にかける
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『ご無沙汰してます。突然で申し訳ないんですが、少しお電話しても大丈夫ですか?』

ラインを送信しようとする指を震わせ、送ろうと意気込んでは、やっぱりムリ……と怖じ気付くのを、もう三日は繰り返している。今日もムリそう……とラインを閉じると、待ち受け画面の「10月23日」という日付が目に飛び込んで来た。

いやムリとか言ってらんない! もう時間ない!

再びラインを起動し、思い切って送信した。

あー!! 送ってしまった!!

携帯を放り出して布団にくるまりゴロゴロしていると、すぐに電話が掛かって来た。

『久しぶり! 菜々ちゃん、どうかしたの?』

「大北さん……お久しぶりです」

私を心配してくれる穏やかな声に、なぜだか泣きそうになってしまう。

『珍しいね。ただ事じゃなさそうだけど……まさか、坂井と何かあったの?』

「あっ、違うんです! 大したことじゃないんですけど……あの、ええっと……」

『……どうしたの? 遠慮しなくていいよ。坂井に告げ口したりしないから』

「ほ、ほんとに、大したことじゃないんです! ちょっと、ご相談が……」

そう言うと、大北さんはふう、と息をついた。

『会って話そうか。大丈夫、他にも誰か呼ぶよ』

「え!? い、いえ、わざわざ……」

『いいから。早い方がいいよね。週末、都合どう?』

「……大丈夫ですけど……」

『誰呼ぶかな。女の人がいいよね。でもマリナさんは今忙しそうだしなあ……明日香ちゃんは……』

「あの、あの……できれば、男性の方のお話が聞きたくて……」

そう言うと、大北さんは息を呑んだように押し黙った。

『……わかった。俺に任せて。また連絡するから』

通話を切られそうな空気に、私は慌てた。過去何度も、達樹くん相手に同じような重苦しい態度を取って、その度に脱力させてしまっているからだ。

「あ、あの! ほんと、違うんです! ケンカしたとかじゃないんです!」

『大丈夫だよ。電話だと言いにくいようなことだろ?』

「ちが……あのっ、あの、もうすぐ……達樹くんのお誕生日なので、何を贈ったら喜んでもらえるかと……」

泣きそうになりながら声を絞り出した。電話越しでも、大北さんが唖然としているのが伝わって来るようだ。

『……えっ? 誕生日? だって……初めての誕生日じゃないよね?』

「えと、今までも今回も、別に何もいらないって言ってくれてたんです……。いつも、授業の後で美容院に行って、少し凝ったヘアアレンジにしてもらって、視覚的に喜んでもらったり……お弁当用意してみたり、お仕事が早く終わりそうなら、ご飯作って一緒に食べたりしてたんですけど……。でも、今年の12月1日は平日で、大学卒業したから当日に準備する時間があんまりないので……」

もうすぐ、お付き合いして四回目の達樹くんのお誕生日がやって来る。初めてのお誕生日の時は、当日の日付が変わる直前に達樹くんが部屋を訪れてくれることになっていたので、バイトを休み、大学から帰るその足で美容院に行き、髪の毛を可愛くセットしてもらい、お弁当を用意した。毎回今日と同じでいいと達樹くんはとても喜んでくれたので、本当に去年も一昨年も同じようなことをして来た。もちろん、達樹くんのお仕事の都合もあったし、仕事仲間にお祝いをしてもらっていて遅くなることもあったしで、毎回ゆっくり会うことはできなかったが、今回は私が社会人になってしまったので事情が変わって来る。達樹くんの当日の都合はまだわからないが、いつものように美容院に行けない分、何か特別なものを用意したいとずっと悩んでいたのだ。

少しの沈黙の後、大北さんは笑い出した。笑ってくれるのは救いだが、私は至って真剣だ。

『あはは……菜々ちゃん、相変わらずだね。優しいなあ』

「ご、ごめんなさい、妙に重い言い方しちゃって……」

『いいよ。菜々ちゃんにとっては重要なことだもんね。はあ……ビビった。男の話が聞きたいなんて言うから、何されたのかと焦ったよ。で……俺ならどんな物をもらえば喜ぶかを訊きたかったんだ?』

「……はい……」

『うーん……悪いけど、俺あんまり物欲がないっていうか……何か欲しくなったら自分で買いたいんだよな。俺なら、今までの菜々ちゃんみたいに手料理作ってもらえるって嬉しいけど、今年は違うことがしたいってこと?』

「えーと……今までより準備する時間が少ないけど、その分、就職してお給料ももらえるようになったから、何か買いたい気持ちもあるんです……」

『なるほどなあ……それなら、やっぱり会って話そうよ。男の意見が聞きたいんだよね。高崎さんとか佐々木さんとか、声かけてみるからさ』

「ええっ……いいんでしょうか。こんなことで……」

『みんな喜ぶよ。俺はちょっと役に立てそうにないし。大丈夫、坂井には感づかれないようにするから』

「すみません……ありがとうございます」

『いいよ。じゃあ、またね』

通話が途切れた。

会って相談することになるなんて……思ってもなかった。しかも、大北さんだけじゃなく、高崎さんや佐々木さんにも声を掛けてもらえるなんて……。

でも……高崎さんや佐々木さんに、しょーもないことで呼ぶなとか思われないかなあ。

そんなことばかり気になり、本来の相談事とは別の悩みを私は抱えてしまった。
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