078 シャングリラ後日談
□君に歌う歌 再
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久し振りの正巳さんの料理はどれもおいしく、懐かしい仲間と食べる時間は幸せだった。約束通り、森野さんはプロポーズの時のことを色々と話してくれて、おうちでふと「結婚しよう」と言われるのも素敵だなと思いながら、達樹くんのプロポーズを思い出した。それでもやっぱり、私には達樹くんのプロポーズが一番だなあ。そう考えながらつい婚約指輪を眺めていると、ちょうど達樹くんがお店に入って来た。
「すいません遅れました! お疲れ様です」
「お! 来たな、本日の主役」
「おせーぞ! 早く座れ、菜々ちゃんの隣空けといてやったから」
「ありがとうございます」
私の隣に来てくれた達樹くんは、なぜか咎めるような目を私に向けて来た。
「……達樹くん……お疲れさま」
「お疲れ。何飲んでる? 何杯目?」
「まだ1杯目だよ! えーと、なんだっけ……レゲエパンチ?」
「ああ……それならまだ……」
私の隣に座り、私を見る達樹くんの目は鋭かった。
「菜々ちゃん。あんま飲み過ぎちゃダメだよ」
「わ、わかってるってば!」
言葉とは裏腹に、返事した後にお酒を口に含むと、皆信じられない、という顔になった。
「全っ然変わってないな……」
「お前ら、ほんとに7年も付き合ってんのか?」
「付き合い始めの頃とおんなじやりとりしてる……」
「え!? そうでしたっけ!?」
「そうだよ……もう、怖いよ。7年そのテンション維持してよく結婚までこぎつけたな、達樹」
「いっ……いいじゃないですか!」
私も、こんなやりとりをしたことは覚えておらず、こっそり小さくなってしまった。恥ずかしさをごまかすために再びお酒を口に含むと、佐々木さんが苦笑いしながら言った。
「この酒癖の悪い達樹に心配されるなんて、菜々ちゃんは酔ったらどんな風になるんだかなあ」
「ちょ、佐々木さん。俺そんな酒癖悪くないっすよ」
「よく言うよ。普段は飲み過ぎないようにしてごまかしてるだけだろ」
「そーだよ! 前に私とマリナさんと3人で飲んでたときに潰れて、菜々ちゃんに会いたい会いたいって大騒ぎしてたこと、私たぶん一生忘れない」
「あー、あったわね、そんなこと」
「森野さんっ! もっと大事なこと一生覚えといてくださいよ!」
「菜々ちゃんは、お酒飲んでも人に迷惑かけることなんてないもんねー?」
「いーや、菜々ちゃんも飲み過ぎるとまあまあめんどくせーんですよ」
「ちょっと! みんなの前でやめてっ!」
「え? でも、昔……『シャングリラ』の打ち上げの時に菜々ちゃん、みんなに散々ビール注がれてたけど、めんどくささなんて感じなかったわよ」
そういえば……。
「あのときは、気持ちよく酔っぱらう間もなく、次から次へと注がれるもんだから、もう悪酔いしちゃって……」
「懐かしいっすね。俺は菜々ちゃんと離れた席に座ってたから、よくわかんなかったけど」
「嘘つけよ! 菜々ちゃんのことチラチラ見てんのがおかしすぎてみんな笑いこらえんの大変だったんだぞ」
「あーーもーー大北さん!!」
「そーなの? 達樹くんってば……」
「なるほどね、わかったわ。じゃあ今日は気持ちよく酔っぱらってもらえばめんどくさい菜々ちゃんが見れるってことね?」
「菜々ちゃん、正巳くんのカクテルはうまいぞ。ファジーネーブルとかカシスオレンジとかなら飲みやすいんじゃないかな」
高崎さんがメニューを開き、私に見せてくれた。その様子を見て、達樹くんが頬杖を付いた。
「なんか高崎さんが菜々ちゃんにそんなこと言ってたら、若い女の子酔わせてアレなことしよーとしてるみたいっすね」
「まあ半分は合ってるな。こんな可愛い女の子が酔っぱらう様子見たくない男はいないだろ」
「高崎さん!! 結婚するんすよ!!」
「今はまだ独身だろ。菜々ちゃん、ピーチフィズとかチャイナブルーもいいぞ」
「いや高崎さんは結婚してるでしょ!!」
「わー、これきれい! おいしそうですね!」
「菜々ちゃん!!」
「まーまー、坂井。めでたい席なんだからちょっとくらいいいだろ」
「そーだよ、お前も飲めよ! 明日昼からだろ?」
「なんで知ってんすか……」
「みんなほんっとに、お前らのこと心配してやきもきしてたんだからな。俺らがいいって言うまで付き合えよ。菜々ちゃんも、今日は昔みたいに途中で帰らせてやらないからな!」
佐々木さんの鋭い目付きに、『シャングリラ』の稽古中を思い出しそうになった。
「……わかりました。受けて立ちます!」
「よーし! それでこそ、俺が選んだ菜々ちゃんだ」
「ええ……!? 菜々ちゃん、マジかよ……」
「たまにはいいじゃん! 今日木曜だし、明日行けば休みだから私も最後まで付き合います!」
「おっしゃ、言ったな! 森野、菜々ちゃんの2杯目注文しとけ」
「じゃ、さっきのチャイナブルーにしましょっか」
「あー、もう……」
うなだれる達樹くんに、少しだけ申し訳ない気にはなったが、皆に長く心配を掛けていたことを思うとどうしようもなくありがたく、その気持ちに応えたかった。七年……『シャングリラ』から七年も経つのに、いつ会ってもそれをまるで感じさせず、あの時と同じように接してくれる皆が、私はやっぱり大好きだ。