078 シャングリラ後日談

□君に歌う歌 再
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お店に着くと、珍しく一番乗りだった。タクシーの音に気付いたのか、正巳さんが中から出迎えてくれた。

「よおー、菜々ちゃん、久しぶり! 結婚するって!? めでてーなあ!」

正巳さんに会うのも久し振りだ。この大きくて明るい声、くしゃっとした笑顔、そして飾り気のない祝福の言葉に、心が温かくなる。

「正巳さん! ご無沙汰してます! えへ……そうなんです。ありがとうございます」

「いやー、とうとうかあ……寂しいなあ。達樹と別れて俺と一緒んなってくれねーかなあって思ってたんだけどなあ」

「ええー!? もう、そんな適当なこと言って!」

「菜々ちゃんさえ良きゃー俺はいつでもオッケーだったってのに! いや待てよ、人妻ってのもなかなか……」

ひ、人妻……。

何気ない正巳さんの一言に固まっていると、遠くから車のライトが近付いて来るのが見えた。正巳さんが小さく舌打ちした。

「なんだ、はえーなあ。せっかく菜々ちゃんと二人きりだってのに!」

「ふふ。誰ですかね?」

タクシーから降りて来たのは佐々木さんだった。

「正巳、菜々ちゃん! あれ? 二人だけ?」

「そーだよ。お前が来なきゃ菜々ちゃんともうちょい二人きりでお喋りできたってのに」

「菜々ちゃんごめんね、遅くなって。何もされてない?」

「おい! 聞けよ!」

「正巳。お前な、いい年なんだからいつまでもフラフラしてないで身固めろよ」

「どの口が言ってんだ!」

「俺は独り身だ。お前は彼女いるだろ」

正巳さんがまた小さく舌打ちした。

「え!? 正巳さん、そうなんですか!?」

「あー、いやー、彼女っていうか……」

「こいつ、ずいぶん前に結婚失敗したんだけどね、前の嫁さんとずーっと付かず離れずなんだよ。友達って感じでもないみたいだし、また籍入れりゃいいのに」

「余計なお世話だ! いろいろあんだよ!」

「菜々ちゃんは正巳みたいにならないようにね」

「だからどの口が言ってんだって!」

そうこうするうち、またタクシーがやって来た。降りて来たのは高崎さんとマリナさんだった。

「菜々ちゃん! 元気してるか!?」

「菜々ちゃ〜〜ん! 結婚おめでとぉ!!」

高崎さんにバシバシと肩を叩かれ、マリナさんにはぎゅっと抱き付かれた。

「高崎さんマリナさん、ご無沙汰してます! おめでとって……まだですよ! まだ結婚してません!」

「同じよーなもんでしょ! はあ、もう本当、嬉しいわ! ずっとこの時を待ってたんだから!」

そう言って、マリナさんは私を抱く腕に力を込めた。

なんだか泣きそう……。私も嬉しいけど、マリナさんやみんなが、嬉しいって喜んでくれるのもすごく、嬉しい……。

思わずマリナさんを抱き締め返すと、高崎さんがキョロキョロと辺りを見渡した。

「あれ? ダンナさんはまだか?」

「ダンナさん?」

「達樹だよ、達樹」

「やっ……もお! まだ結婚してませんってば!」

「あっはっは。いいじゃないか、いずれそう呼ばれるようになるんだから、奥さん」

う……そうかもしれないけど……。

「お願いですから、そうなるまではそんな風に呼ばないでくださいよお!」

「はっはっは。相変わらず初々しいな。それで、達樹は?」

「ちょっと遅れるみたいです。さっき『押してる。ごめん』ってライン来ました」

「なんだ、あいつはいつもだな。それなら先に始めるか。康平と明日香ちゃんは?」

「連絡ないから、もう来るんじゃないですか? ……あ、ほら!」

到着したタクシーから降りて来たのは大北さんだった。

「大北さん! ご無沙汰してます!」

「菜々ちゃん! 久しぶり! よかったね、おめでとう」

「ありがとうございます。大北さんこそ……おめでとうございます!」

大北さんの奥様のお腹には、新しい命が宿っているらしい。大北さんは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「ありがとう……恥ずかしいな……」

「そんなことないですよ! 男の子か女の子かって、わかるんですか?」

「それがなあ……わかる人はそろそろわかるらしいんだけど、うちはまだなんだ」

「へえ……じゃあ、楽しみですね!」

「そうだね……まあ、元気ならどっちでもいいけどね」

また頬を掻く大北さんの表情は穏やかで、私まで幸せな気持ちになる。もうあと何ヶ月かしたら、大北さんはお父さんになるのかあ……。

そこで、またタクシーがやって来た。ドアから森野さんが勢い良く飛び出して来た。

「菜々ちゃ〜〜ん!! 久しぶり〜〜おめでと〜〜!!」

「わあっ! 森野さ……あぶなっ!」

そのままの勢いで抱き付かれ、危うく転びそうになってしまった。

「も〜〜ほんとよかったね!! めっちゃ幸せ!! ……あれっ? 私が最後!? すいません皆さん、遅くなりました! ご無沙汰してます」

姿勢を正してぺこりと頭を下げる森野さんに、高崎さんが声を上げて笑った。

「明日香ちゃん、久しぶり。よく見て。今日の主役まだ来てないから」

「ん? えっ? ……あ、坂井くんか! 忘れてた!」

「あははっ! まあ……今日の主役で言えば、明日香ちゃんだって主役なんじゃないの? ねえ」

マリナさんが森野さんの後ろに立ち、その両肩をポンッと叩いた。森野さんは目を泳がせた。

「え!? 何ですか!?」

「や〜〜……マリナさんっ! 私、タイミング見て自分から菜々ちゃんに言いたかったのにぃ!」

「えーー!? 何ですかっ!?」

掴み掛かると、目を泳がせたまま、森野さんはぽつりと言った。

「……えっとね、私も、結婚するんだ」

「えええ!!?」

「もお〜〜……恥ずかし〜〜」

「えっ!? えぇ!? ほ、ほんとですか!? お、おめでとうございま……。え!? 知らなかったの私だけっ!?」

私の取り乱しように、森野さんが慌てたように顔を上げた。

「違うの! 私が、菜々ちゃんには黙っててってみんなにお願いしたの!」

「何でですかっ!!」

「だって、坂井くんのプロポーズの前に私の結婚の話なんて菜々ちゃんが聞いたら、菜々ちゃんが変に結婚を意識して、ふたりが気まずくなるんじゃないかと思って……」

森野さん……。

「ごめんね、黙ってて。プロポーズうまくいったって聞いたから、菜々ちゃんにラインしようかと思ったけど、直接言った方がいいかと思って……」

そこまで聞いて、今度は私から森野さんに抱き付いた。

「森野さあん……おめでとうございます。お気遣いありがとうございます。大好きですー……」

「えへへ……ありがと。菜々ちゃんも、おめでとう」

「もう泣きそう……」

「早いよっ! まだ坂井くん来てないのにっ!」

「明日香ちゃん、坂井遅れるみたいよ。先に中入って始めましょ!」

「あ、そーなんですか? じゃあ菜々ちゃん、中でいろいろ話聞かせてよ!」

「はい! でも、森野さんの話が先ですよ!」

「え〜〜〜」

笑い合いながら、皆でお店に入った。まだ会ったばかりなのに、なんて幸せなんだろう。私と達樹くんの結婚を、こんなに喜んでくれて、わざわざ時間を割いて食事会に来てくれて、幸せな報告をしてくれて……。

この幸せを先に味わってしまって、達樹くんに少しだけ申し訳ない気持ちになりながらも、お店へ向かう私の足取りは家を出た時よりもずっと軽かった。
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