078 シャングリラ後日談
□タラレバ
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拭っては落ちて来るグラスの滴を拭いながら、苦い思い出の詰まった居酒屋に、私は座っていた。こんな所でこんなことをしているくらいなら、早く部屋に戻って休みたい。考えが表情に出過ぎていたのだろう、絵里香が咎めるような声を上げた。
「菜々、全然飲んでないじゃん!」
「だってそんな気分じゃないんだもん」
「え〜せっかく来たんだから飲もうよぉ!」
「うるさい。さわんないで」
「ひどいーーー!!」
「あははっ! いや……加納さん、来てくれただけでもありがたいよ。こっち座る?」
石野くんが気を遣って声を掛けてくれた。先月、うちの支店は売上の目標達成が危ぶまれていたのだが、石野くんの頑張りでなんとか目標を達成できたので、同期皆でお祝いしようということになったのだが、絵里香も来るということを聞いたおかげで、私は全く気乗りしていなかった。
「ありがとう。大丈夫だよ。石野くん、がんばったね!」
「いや、俺もびっくりだよ……ただ運がよかっただけとも言えるけどね」
「俺は先月全くダメだったからなぁ……石野のおかげで助かったよ」
松下くんはビールを呷り、頭を振った。
「松ちゃん先々月がんばったじゃん! 今月も今んとこ調子いいし!」
千紘がバシン! と松下くんの肩を叩いた。いって! と声を上げ、松下くんはまたビールを呷った。
「そうだなー、これがキープできりゃいいけどなあ」
「もー、飲みの席で仕事の話やめようよぉ!」
「なんでよ。私あんたと仕事でしか接点持ちたくないんだけど」
「ひどい〜〜菜々〜〜!!」
「絵里香! ひどいのはあんたでしょ。ちゃんと菜々に改めて謝って!」
千紘のぴしゃりとした口調に、絵里香はしょんぼりと頭を垂れた。
「……菜々、ごめんね……もうしないから!」
塚本さんが退職したのは、いつもの絵里香のミスの尻拭いを突っぱねたあの騒動のすぐ後だった。それから絵里香は、人が変わったように仕事に熱心に打ち込んで、私を含め部署の皆は何事かと驚いた。絵里香が塚本さんにきつめに当たられていたのはなんとなく気付いていたが、だからといって、私はあんな重荷をしょっちゅう背負ってやれるほどお人好しでも器用でもない。
「もういーよ。よくないけど。なんかまるで私がいじめてるみたいだからやめて!」
「や〜〜菜々〜〜ごめんって〜〜!」
「はあ……じゃ、ここ払ってくれる?」
「ええ!? う……えーと……3,000円分くらいなら……」
本当に財布を覗いてしまった絵里香に、つい溜め息を漏らしてしまった。
「もう! 冗談だよ!」
「や、いいよ菜々、払うよぉ!」
「いーってば! くっつくな!」
「あはは! なんか、なんやかんや仲よさそーで良かったよね」
「いやマジ、心配したけどな。加納さんの懐の広さのおかげだよなー」
「ちょっと石野くん、松下くん! これのどこが仲いーの!」
「まあまあ、菜々! 今日は石ちゃんのための会なんだから! もっかい乾杯しよーよ!」