078 シャングリラ後日談

□タラレバ
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「なんだろうなあ……。なんか、初めてだったんだよな、ああいう感じの子。ちょっと変わってんじゃん。最初は、何だこいつ、としか思ってなかったけど……そのうち、気になって仕方なくなった」

東の言い分には、俺もすんなりと納得させられた。そう……いつの間にか、気になって仕方なくなる。そしてそれは、付き合うようになった今も変わっていない。

「……どうなんだ、彼女の様子」

再び尋ねると、呆れたように肩を竦め、東はまたコーヒーを啜った。

「元気そうだよ。ちらっと聞いただけだけど、金曜に同期仲間全員で飲みに行くとか言ってたな」

「同期全員って……あいつもいんじゃねえの? ええと……」

「沢村さんな。……実はな」

言葉を切り、東はまた苦笑いした。

「沢村さんの教育係の塚本が寿退社したら、ミスすることがピタッとなくなった。簡単な話だよ。加納さんの教育係の本間は優しいし穏やかだけど、塚本はまあ厳しいし気もキツいし、お局さん的な雰囲気もあったからな。萎縮しすぎて集中できてなかったか、怒られたくなくて加納さんのせいにしてたってのもあったんだろな」

東はごくごくとコーヒーを飲み、ふーっと息をついた。

なるほど……よくある話っちゃ、よくある話だな。

「だからって、飲みに行くほど彼女とその……沢村さん? の仲が修復されたわけじゃねえだろ?」

「まあな。加納さんは本人の前で『絵里香も来るんなら私行かない』とか言ってたよ。沢村さんは『ひどい! 菜々も来てよ、謝るからー!』とか言ってたけどな」

大袈裟に、東は沢村さんとやらの真似をしてみせた。菜々ちゃんはたぶん、行かないと口では言いながらも、皆にせがまれれば、しょうがないなあと付き合ってやるのだろう。頭の中で、自分の金曜日のスケジュールを考えていると、東が立ち上がった。

「よっと……そろそろ行くかな。払っといてくれよ」

伝票に視線を落とした。払うのも癪だが、こいつから金を貰うのも癪だ。わかったと言う代わりに眼鏡を掛けると、東は満足そうに口角を上げた。

「今日のこと、加納さんに伝えていいよな?」

「動揺させて、彼女の仕事の効率を落とすつもりなら好きにしろ」

「……効率……下がりそうだな。黙っとくか。お前から言ってやれよ」

なんで菜々ちゃんといるときにお前の話なんかしなきゃなんねえんだ。

「もういいから、さっさと行けよ」

「なんだよ。呼んどいて」

「呼んでねえわ……お前が近づいて来たんだろ」

「可愛げねえ奴だな……わかったよ、じゃあな」

そうして東は、いつかと同じように、こちらを一度も振り向かずに去って行った。初めて会った時の第一印象は最悪だったのに、今、東に対して、同情や憐れみのような、そして、あいつも俺と同じだという感情を抱いている自分に戸惑った。これ以上この空間にいることが耐えがたく、東とそう時間を空けずに俺も席を立った。
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