078 シャングリラ後日談

□ビターアンドスイート
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「とは言うものの……」

携帯でレシピをあれこれ調べても、本屋さんでレシピ本を立ち読みしても、とにかく今の私にはどうにもできない壁がある。大学の図書室で空き時限にいい方法はないかと考えていると、つい独り言が漏れていたようで、携帯を眺めていた仁美が私を睨み付けて迷惑そうな声を上げた。

「なにさっきからブツブツ言ってんの!」

「……達樹くんに、バレンタインのチョコを作りたいって思ってるんだけどさあ」

「おおっ! アンタが!? 今までの彼氏には手作りチョコなんてしてなかったのに!」

「……うん。この前の合コン騒動の時のお詫びもかねて……」

「へーえ。いいじゃん! どんなの作るの!?」

「それが……私の部屋、オーブンがないんだよ!」

越して来る時、こんなことになるとは思っていなかったし、節約のために、オーブン機能の付いていない電子レンジを買っていた。今になってそれをこんなに後悔してしまうとは。実家に帰ればオーブンは使えるが、できたチョコを二時間掛けて持って帰って来るのは少々億劫だし、傷んだり潰れたりしないかも心配だ。オーブンが使えないとなると、作れるチョコの選択肢はかなり狭まる。

「あっ! 仁美んとこのレンジにはオーブン機能ついてる!?」

「え? えーと……たぶん。使ったことはないけど」

「マジ!? 貸して!! キッチンごと貸して!!」

「ええっ!? 私んとこで作ったチョコ、達樹くんにあげるの!?」

「え、ダメなの?」

「ど、どうしよ、もし食中毒とかになったら……」

「なんじゃそりゃ。普段どんな環境で料理してんの!」

「だって私、菜々みたいに料理うまくないし、あんまキッチン使わないもん!」

「大丈夫だよ! 前日もバイト休むから試作させて! で当日本番ね!」

「なにそれ……私も13、14バイト休まなきゃなんないの? ……あ、カギ預けるから留守番しといてよ」

「え〜〜付き合ってくんないの!?」

「もおー! 私あんたのお母さんじゃないんだけどっ!」



バレンタインまでの一ヶ月はあっという間に過ぎて行った。私でも簡単に作れそうなチョコのレシピを調べたり、可愛いラッピング用品を漁ったり、使い勝手の良さそうな道具を吟味したり。何度か達樹くんに会う機会はあったが、会う度に彼はバレンタインのことをわくわくしながら話すので、ハードルが上がり切っている。仁美は、最初は迷惑そうにしていたが、十三日も十四日も休みを取ってくれた。十三日の昼間、部屋にお邪魔させてもらうと、仁美は顔をひくつかせた。

「なに、その大荷物!」

「だって、お菓子作るってなると、普段使わない道具とかめっちゃいるんだもん!」

型やゴムべらにキッチンスケール、ハンドミキサーにケーキクーラー。材料やラッピング用品なども揃えると、かなりかさばってしまった。

「やる気まんまんじゃん! なにこれ……ブランデー? どうすんの、一回きりのためにこんなの買って」

「ちょっと! 一回きりって決めつけないでよ! そんなすぐ別れることになっちゃうの!?」

「もしくは、全然口に合わなくて、次からは手作りじゃなくていいよってなるパターンね」

「もー!! せっかくのやる気削がないでよっ!!」

チョコを刻み、溶かし、卵黄を泡立て、粉をふるい……。緊張しているのか、肩に変に力が入ってしまう。

「すっごい手間だねー……。お、出た出た、ハンドミキサー!」

「ここが大事なの! えーと……高速で……。このメレンゲの固さで、焼き上がりがカリカリになるか柔らかくなるか調節できるって書いてある」

「へーえ。固くってどんくらい? そのくらいでいいんじゃないの?」

「ツノが立っておじぎするくらい……こんなもん? もうわかんない……」

二人でブツブツ言いながら、何とか生地をオーブンに入れた。そのうちにいい匂いが漂い始め、焼き上がりをオーブンから取り出すと、仁美は歓声を上げた。

「わあー! いいじゃん、おいしそう! もう食べれるの?」

「まだ。粗熱をとって……」

冷ましてから粉糖を振り掛け、切り分けた。見た目には、失敗したようには、とりあえず見えない。まず仁美に食べてもらった。

「んー! おいしー! さすが菜々!」

「ほんと!? よかったあ。じゃ私も……」

おいしいのはおいしいが、これが正解かは、私にはわからなかった。

「うーん……メレンゲ、固すぎた? もうちょいしっとりめの方がいい?」

「いいんじゃない? 外がカリカリで中がしっとりの方が」

「明日もうまくいくかなあ……」

「大丈夫っしょ! 残り置いてってよ。食べるから」

「ぷふっ。よかった、気に入ってくれて」

明日は本番……。達樹くんは、二十時か二十一時くらいには体が空くとのことだった。夜、ベッドに潜っても明日のことをあれこれと考えていたが、疲れてしまっていたのか殆ど気絶するように眠りに落ち、朝も妙な時間に目を覚ましてしまった。
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