078 シャングリラ後日談

□ビターアンドスイート
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大学からの帰り道、つい漏れてしまった溜め息は、今にも雪が降り出しそうな空に溶けて行った。成人式や合コン騒動など、年明けから何かと忙しく、すっかり忘れていたのだが、街の明るい雰囲気を感じる度に、反対に暗く沈んだ気持ちにさせられ、使命感に襲われてしまう。のろのろと電車に乗り込んだが、いつもなら携帯を眺めて時間を潰すのに、そんな気になれずにぼんやりと中吊りを眺めていると、鞄の中から着信音が鳴った。

あっ……達樹くん!

鳴り響く着信音に、私は慌てた。車内だし、今は電話に出られない。駅に着いて折り返すと、達樹くんの声はいやに冷ややかだった。

『何してたの?』

「あ……電車乗ってて。ごめんね……」

『本当?』

「ほ、ほんとだよ! どうしたの……?」

棘のある口調に面食らい、思わず尋ねたが、達樹くんの答に納得させられてしまった。

『だって、この前急に電話した時、合コン行ってたから』

うっ……。

「……あの時はごめんなさい。でも、さっきはほんとに、電車の中だったの!」

何も証明できるものなんてないが、嘘はついていない。とにかく誠意を込めて謝ると、息をつく音が聞こえた。

『ごめんね、意地悪言って。わかってるよ』

「え……え? なんでわかるの?」

『アナウンスとか聞こえるから。すぐ折り返しくれて、ありがとう』

「ううん……」

ほっとした。あの合コン騒動の時の、怒気を孕んだ達樹くんの声や表情が、鮮明に蘇る。近くにあった自動販売機にふらりと凭れ掛かった。

『電車乗ってたって、今帰って来たの?』

「うん……」

『……アナウンスは確かに聞こえるけど、菜々ちゃんの姿は見えないな。どこにいるの?』

「えっ!?」

ど、どういうこと!?

『迎えに来たよ』

「えっ……あ、す、すぐ行くね!」

『ふふ。気を付けて』

弾かれたように体を起こし、達樹くんの忠告を無視するかのように構内を走った。駅の階段を駆け下り、少し離れた路地に向かうと、達樹くんの車が見えた。穏やかな笑顔に、なぜだか泣きそうになってしまう。

「お帰り」

「達樹くん……お疲れさま……なんで、私が帰って来る時間、わかったの?」

「いや、わかんなかったけど、体空いたから、会えるかなって来てみた。偶然だよ」

「ええ……!?」

「今日、バイトは?」

「今日は休み……言ってたっけ……?」

「いや、聞いてない。じゃあ、一緒にいられるね」

「な……もし、今日バイトあったら、どうしてたの!?」

「まあ、残念だけど帰るしかねーよな。でも、顔が見れたらラッキーくらいに思ってたから」

達樹くんはまだ穏やかに笑っていたが、あの一件で、彼にここまで向こう見ずな行動をさせるほど私の信用は落ち切っているのだと思うと、素直に喜べない。私が帰って来る時間が少しでも早くて、そしてバイトに行ってしまっていたら……顔を見るどころか会えてもいなかったし、きっと電話さえ取れなかった。会える確証もないのに、アポなしでわざわざ来てくれるなんて……。無意識に黙り込んでしまっていたらしく、達樹くんは「迷惑だった?」と尋ねて来たが、その声音は、「迷惑とは言わせない」という裏の意味を含んでいるかのようだ。

「……迷惑なわけない……部屋、散らかってるけど……よかったら寄っていって?」

「ありがとう」

その一言さえ、予め用意していた台詞のように感じた。達樹くんが隣にいるというのに、部屋までの道々、私は気もそぞろで、まともに彼と会話すらできずにいた。
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