078 シャングリラ後日談

□初デート前日、当日、翌日
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翌日、私はふわふわとした気持ちで電車を待っていた。昨夜、あの後眠れはしたが、夜中に何度も目が覚め、その度に昨日の出来事を色々と思い出してしまい、空が明るくなる頃には私はもう軽くグロッキーになっていた。

あー、ねむい……足がふらつく……。

電光掲示板の遅延情報を眺めながら、一限間に合うかなあ、と考えていると、手をぎゅっと掴まれた。

「わっ!」

「菜々……ぼーっとしすぎ! 落っこちるよ!」

「仁美っ! びっくりしたあ!」

呆れたような表情の仁美が、握ったままの私の手をぐっとホームの方へ引き寄せてくれた。

「昨日の今日で菜々が電車にひかれたりしたら、達樹くんかわいそすぎるでしょ!」

「ちょっと……私はかわいそうじゃないの?」

「昨日一日で、菜々はもう一生分の幸せ使い切ったと言っても過言じゃないから! その様子を見ると、よっぽどステキなデートだったんだねえ」

仁美はもう、楽しくて仕方ないとでも言いたげにニヤニヤした。

もうこの顔、見飽きたわ!

「ねえねえ、どーだった、どーだった!?」

「声でかいって……楽しかったよ!」

「そーじゃない!! あった!?」

「『あった』ってなに……」

「わかるでしょ!! あったの!?」

「……あったよ……」

「きゃ〜〜〜!!!」

「声でかいってっ!!」

仁美の頬をぎゅっと抓っても、彼女は全くダメージを受けていないようだ。

「や〜〜ん、あったんだ……!! も〜〜いーなー、菜々!! どうだった!?」

「どうって……あんたそんなことまで訊くの!?」

「いーじゃん、ちょっとくらい! よかった!?」

「ちょっ……生々しいわ!!」

「よくなかったの?」

「……よかったよ!」

「きゃ〜〜〜!!!」

「もういーわ!!」

そこでやっと電車が来た。乗り込むと、さすがに小声にはなったが、仁美はまだ楽しそうだ。九時半過ぎ、車内はだいぶ空いているが、更に人の少ないスペースに移動すると、仁美は私の肩にしがみ付いた。

「ねーねー、そこの部分はぼかしてくれていーからさ、どんなデートだったか教えてよ!」

「え……えっと……おうちに入ったとたんに、ぎゅってされて、チューされて、な……菜々、会いたかった……って」

「〜〜〜!!!」

仁美は両手で顔を覆い、声にならない声を上げた。

「ちょっと待って、むり……もうこの時点でむり……」

「私もだよっ! 崩れ落ちちゃったよ!」

「ぷっ。マジ!? 達樹くんびっくりしてたでしょ!」

「してた。でも、しょーがない。受け止めきれない」

「いや〜〜、すごいわ。菜々がすごいわ! よく生きて帰って来れたね」

「ほんとにね……何っ回も死にかけたよ……」

「他には!? どんなことしたの? 何話したの!?」

私も両手で頬を覆いながら、昨日の出来事を掻い摘まんで話した。途中まではふんふんと興味深そうに聞いていた仁美だったが、達樹くんに「そろそろ送るよ」と申し出られたことを話すと、彼女は目を見開いた。

「へえ〜〜! 達樹くん、紳士じゃん! その気なかったんだ! それがなんで、そんな流れになったの?」

「あの……私が、それに対して、『寂しいな、もう少しだけ……』って言ったの。そしたら……」

「へっ!? あんたから誘ったの!?」

「ちがっ、そんなつもりじゃなかったの!」

「あんたにそんなつもりなくても、達樹くんにそんなの通用しないでしょ! どーなったの?」

「……えっと……えーと……」

「あ、ハイハイわかった、なるほどね。ごちそーさま」

「ちょっと! まだ何も言ってないっ!」

「はー、でもよかった、安心した。昨日はあんな言い方したけど、達樹くんもちゃんと健全な23歳の男子だったね。ひょっとして俗世とかけ離れた思想があったりするかもとか思ってたから」

「なんじゃそりゃ……」

「なんか、そーいう人間の欲求とかを超越した人かもしれないとか思ってた」

「ぷふっ。でも、わかるかも!」

「ね? だから、下着買っといてよかったでしょ?」

仁美のくるりとした目に、つい溜め息を漏らしてしまう。

「……うん……」

「達樹くん、なんか言ってた!?」

「んー、うん……まあ……」

「なによー! 教えてよっ!」

「もおっ! そこはぼかしていいっつったじゃん!」

「そんくらいいーじゃん! 体位とか訊ーてるわけじゃないんだからっ」

「アホかっ!!」

駅に着き、逃げるように電車を降りた。仁美はまだしつこく昨日のことを尋ねようとして来たが、稽古に打ち込んでいた時と違って、それが少しも煩わしくないと思える自分に気付く。

本当に幸せな一日だったな……。また、早く会いたい……。

あんまり詳しいことはイヤだけど……たくさん助けてもらったし、少しくらいなら教えてあげてもいいかな、と考え直し、二人で駅の階段を駆け下りた。



END
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