078 シャングリラ後日談

□恋は盲目
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「……実はね……最近……えっと……付き合い始めた人がいて……」

「ええっ!!」

「なっ、菜々ちゃん、声でかい!」

「あ、す、すみませ……。ほんとですか! おめでとうございます!」

小さく拍手すると、森野さんは恥ずかしそうに肩を竦めた。

「えへ……ありがと。前に、ドラマで共演した人なの」

「てことは……私も知ってる人ですね!?」

「坂井くんほど有名な人じゃないけどね……平本直也って知ってる?」

「平本直也! 『先生の家庭事情』の時の!」

「そう! 菜々ちゃん、よく観てくれてるー!」

「わー、すごいっ! めっちゃイケメンじゃないですかっ!」

「いや坂井達樹と付き合ってる子が何言ってんの……」

「それとこれとは別です! やっぱり、撮影中に仲良くなって、って感じなんですか?」

「うん、まあ……」

「すてき〜〜!! 平本直也、『先生の家庭事情』の時、2話目か3話目かの、あの感情的に怒るシーンがほんとに怖くて! でも、普段は笑顔が優しい、ニコニコしたお兄さんで、そのギャップがまた……!」

「ちょっ、あんまり具体的に説明しないでよ……!」

「いいじゃないですかぁ! ドラマ終わってすぐ、お付き合いし始めたんですか?」

「やだ〜もう、恥ずかしいよぉ!」

目をきゅっと瞑り、顔をパタパタ扇ぐ森野さんは本当に、

「かわいいです!」

「へっ?」

「森野さん、ほんとに、かわいいしきれいです。お会いする前から、かわいいなーって思ってましたけど、実際にお会いしたら、かわいいしきれいだし優しいし演技上手だし」

「ちょちょちょ、菜々ちゃん、どうしちゃったの!?」

「ほんと! 菜々ちゃん、久しぶりに会った坂井がこんなんだから変なスイッチ入っちゃったんじゃない?」

ゆっくりと、森野さんからマリナさんに視線を向けた。

「マリナさんももちろん、きれいだし優しいし演技上手だし、なんかもう、一緒にいるだけで私まできれいになれるような、そういうオーラを体中から振りまいてるみたいなキラキラした方だし」

「……ええ!? な、菜々ちゃん……?」

「……お二人が、達樹くんと二人きりでお酒を飲んでて……それでお二人が何とも思わなくても……マリナさんも森野さんも、私なんかにはない大人の女性の魅力があるから……達樹くんが好きになっちゃうかも……」

俯くと、マリナさんも森野さんもまた笑い出した。

「も〜〜、菜々ちゃん、坂井くんがどんっなに菜々ちゃんのこと好きなのか、わかんないの!?」

「え、えーと、信じてないわけじゃないんですけど」

「途中から、すごかったのよ。『菜々ちゃん』しかしゃべんなくなっちゃったんだから!」

「ええ!?」

「『菜々ちゃんに全然会ってないんすよー、あー、菜々ちゃん、元気かなあ、菜々ちゃん、会いたいなあ』って。もう、うるっさいったら!」

全身が熱くなる。

会いたいって思ってたの、私だけじゃなかったんだ……。

そう思って頬に手を当てていると、マリナさんと森野さんのショートコントが始まってしまった。

「『森野さん、うまいこと言って菜々ちゃん呼んでくださいよー』」

「なんで私がっ! 自分で連絡しなよっ!」

「『だって俺、自主練するからしばらく会えないって菜々ちゃんに啖呵切ってんすよー、それなのに会いたくてしょーがねーから来てなんて言えませんよー、男らしくないじゃないすかー!』」

「今の時点でぜんっぜん男らしくないからっ!」

また笑い合った二人を見ながら、私はもう恥ずかし過ぎて、来たばかりなのに帰りたくなってしまった。

「でね、もうあんまりうるさいから、『菜々ちゃんに連絡したよ、来てくれるって言ってるから静かにして!』って言ったら、『菜々……』って呟いて、事切れたの」

「事切っ……やっぱ死んでるじゃないですかっ!」

「今際の際に残した一言みたいだったわよね。どれくらい会ってなかったの?」

「えっと……2ヶ月、くらいです」

マリナさんはニヤニヤしながらまた頬杖をついた。

「ふうん……なるほどね。菜々ちゃんに会えてないせいで、今日不調だったのかもしれないわね」

「そ、そんなこと……」

「せっかく来てくれたんだし、起こしてやろーかしら。坂井! 菜々ちゃん、来てくれたわよ!」

止める間もなく、マリナさんは拳で達樹くんの頭を小突いた。すると、達樹くんは顔だけをゆっくりと上げ、薄く目を開けた。
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