078 シャングリラ後日談

□恋は盲目
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お店に着くと、腰が引けそうになった。

な、なにこれ……。お店なの……?

ぱっと見には普通の古民家のような佇まいの建物の軒先に、淡い光の照明がぽつんと下げられている。看板のようなものがなく、場所を間違えたかと怯えていると扉が開き、中から森野さんが顔を覗かせた。

「菜々ちゃんっ! 久しぶり〜〜!」

森野さんは私を見てパッと顔を輝かせ、抱き付いて来た。

「わわっ! 森野さんっ! ご無沙汰してます! お元気そうですね!」

「元気だよ! ごめんね、急に。中入って、見てみてよ! もう、ひどいんだから!」

見た感じ、森野さんはそこまで酔っぱらっているようには見えない。個室に通されると、ゆったりとしたお座敷に、マリナさんが頬杖をついて座っていた。マリナさんも私を見て顔を輝かせた。

「菜々ちゃん、久しぶり! ごめんねえ、ほんとに」

「マリナさん! ご無沙汰してます!」

挨拶しながらも、マリナさんの向かいに座っている人物から目を逸らせない。

「……あの……あれ、達樹くんなんですか?」

「そー。ついさっき、とうとう寝ちゃった。もう少し早く菜々ちゃんに声かければよかったかしらねえ」

「いいんじゃないですか? あんな姿菜々ちゃんが見たら、愛想尽かしちゃうかもしれないですよ」

「あははっ! 明日香ちゃん、言うわね!」

テーブルに乗せた両腕を枕にして突っ伏している達樹くんは、ぴくりとも動かない。

「……寝てるんですか? い、生きてますよね?」

「ぷっ。菜々ちゃんも言うわね。とりあえず、坂井の隣に座りなさいよ! お腹すいてるでしょ?」

言われて、恐る恐る席に着いた。近くで見ても、死んだように眠っている達樹くんに、ますます困惑してしまう。

「あの……すいません、これはどういった、その……いきさつというか……」

「あ、そうよね。今日、稽古で坂井のヤツ、ミコトにこってり絞られたのよ」

「ええっ!」

「まあ確かに、集中力が欠けてるようには見えたけどね。明日は稽古、夕方からだし、坂井も仕事昼からだからって言うから、飲みにでも行こうかって声かけたのよ。でも2人きりだと、菜々ちゃんが後で知った時に怒るかなーと思って、一通り声かけたら、明日香ちゃんが捕まったの」

「わ、私、怒りませんよ!」

「ホント〜? 私と坂井くんが2人で飲んでても、怒らない?」

「怒りません! けど……もしマリナさんとか森野さんが達樹くんのこと好きになっちゃったら……私じゃかなわない……」

手を弄びながら呟くと、大きな笑い声が降って来た。

「あははっ! それは心配いらないわ。菜々ちゃんには悪いけど、坂井はちょっとお子ちゃますぎるんだもの」

「私も、ごめんだけど坂井くんはちょっと……」

少し濁すような森野さんの言葉に、マリナさんはニヤニヤと口元を押さえた。

「ふふ……。明日香ちゃん、菜々ちゃんに教えてあげないの?」

「え?」

何のことだろうと森野さんを見ると、彼女は俯いて、私から目を逸らしながら言った。
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