078 シャングリラ後日談
□恋は盲目
1ページ/12ページ
二十一時過ぎ、玄関の扉を開くと、靴箱の上に散らばった郵便物が目に留まった。溜め息をつき、揃えもせずにスニーカーを脱ぎ捨てる。ベッドの上には取り込んだままの洗濯物が、シンクには昨日から片付けていない洗い物が、テーブルには講義のテキストとルーズリーフが散らばっていた。
最後に達樹くんに会ってから、二ヶ月近くが経つ。お付き合いを始めてから今まで、こんなに長く会えないのは初めてだ。
「はあ……」
また溜め息をつき、玄関に戻ってとりあえず郵便物を仕分けた。携帯を覗いたが、誰からも何の連絡もない。
達樹くんとお付き合いして、間もなく二年になる。去年もそうだったが、夏になると、二人で『シャングリラ』に打ち込んだことを思い出す。達樹くんは今、もうすぐ開演される舞台の稽古で忙しい。『シャングリラ』以来の舞台、そして今回も演出家は佐々木さんで、達樹くんの気合いの入りようは物凄かった。菜々ちゃんと居残り練習した時みたいに、今回は独りだけどまた自主練したいからと、達樹くんはプライベートな時間も割いて稽古に勤しんでいるらしい。
わかってるけど、ろくに連絡もないし……寂しい……。
お付き合いを始めてすぐの時、週刊誌に写真を撮られた時、マレーシアでの海外ロケの時……これまでも、長く会えないことはあった。でも……。
バイト先の制服をバサバサと洗濯機に放り込んでいると、ラインの通知音が聞こえた。慌てて携帯を確認すると、それは予期せぬ相手からだった。
『久しぶり!
急にごめんね。
今忙しいかな?』
森野さん!
どうしたんだろう、と戸惑っていると、ポン、ポンと追加メッセージが届く。
『今マリナさんと坂井くんといるんだけど』
『坂井くん酔っぱらっちゃって』
『菜々ちゃんに会いたいってうるさいの』
……ええっ!?
『菜々ちゃん呼んでください、連れてきてくださいって』
『こんな坂井くん初めて見たよ』
『もし用事がなかったら来てくれないかなあ』
状況が全く読めないが、マリナさんは、今度の舞台でまた共演するという話は達樹くんから聞いていた。
どういうことだろう……稽古してたんじゃなかったの……?
とにかく会って話を聞きたくなった。マリナさん、森野さんにも、長いこと会っていない。
『ご無沙汰してます。
今バイト終わって部屋帰って来たとこなんです。
支度してすぐ行きますね』
『ありがとう!
あとでお金渡すからタクシーでおいでよ!
住所送るね!』
やりとりしながら、急にドキドキして来た。
達樹くん、酔っぱらってるってほんとかな……。
達樹くんはお酒に強い。それに以前、あまり飲むとすぐに目が腫れるから普段は飲み過ぎないようにしているとも聞いたことがある。酔っぱらった達樹くんなんて、想像しにくいな……。
戸惑いながらも、久し振りに達樹くんに会える……と思うと、服を選ぶのにも、化粧を直すのにも、つい時間を掛けてしまうのだった。