078 シャングリラ後日談

□君に贈る花
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そうして、達樹くんは実家の近くまで私を送ってくれた。 ラナンキュラス大切にするねと、忘れないように何度も「ラナンキュラス」と呟きながら花束を間近で見つめる達樹くんは、本当に魅力に満ちていると思えた。ふわふわとした気持ちのまま実家に戻り、着替えてから駅で仁美と落ち合った。

「仁美、ごめんね。お待たせ!」

「いいよ、久しぶりにお父さんお母さんに会えたし。達樹くん、振袖ほめてくれた?」

「めっちゃほめてくれた……きれいすぎて近寄りがたいって言われた」

「も〜〜なんなの!? かわいい!!」

「かわいいよねー!! もー、今日のイヤなこと全部吹っ飛んだわ!!」

「あははっ! よかった。花は? 喜んでくれた?」

「うん。忘れないように何回も『ラナンキュラス、ラナンキュラス』って言ってた」

「もーーー!!! かわいいーーー!!!」

「かわいいよねー!!」

この時間でも、駅にも電車にも、振袖姿の女の子を見かけた。達樹くんの「振袖姿の女の子たくさん見たけど、菜々ちゃんが一番綺麗で可愛い」という一言が思い出され、頬が熱くなる。これはちょっと、恥ずかしすぎて仁美には言えないな……。

そう考えた時、はっとした。

「仁美、今日はほんとありがと。丸一日私の都合に付き合わせたよね……ごめんね」

「えっ!? 何言ってんの! 気にしてないよ!」

「だって、同窓会とか、出たかったんじゃない?」

「えー、いいよ。菜々がずっとたかられてるのフォローするのしんどいし、2人だけでいたほうがラクだもん」

「やっぱ私のせいじゃん……私といなかったら、同窓会出れたのに」

「は〜!? もう、そんなこと言うのはこの口かっ!!」

「い、いひゃいいひゃい!! はなひてー!!」

大暴れしていると、乗客に睨まれた。慌てて声を抑える。

「はあ……もー、そんなこと気にすんな! 私ひとりで同窓会出たっておもしろくないもん! 次の機会がもしあったら、その時は今日みたいに囲まれることはないだろうし、一緒に行こうよ」

「え〜〜私、もう元カレに会いたくない〜〜」

「あー、まあ、わかるけど。私も会いたくないし」

仁美は、高校時代ずっと付き合っていた男の子がいたのだが、大学生になり遠距離恋愛になって暫くしてから自然消滅してしまった。遠くを見つめながら溜め息をつく仁美の表情を見ていると、なんとなくまだ未練があるのだろうということが伝わって来る。

「今日、見かけた?」

「ううん。来てないんじゃない?」

「そっか……」

「女子だけの同窓会、みたいなのがあったら行こっか」

「あー、それならいいけど、仁美、いいの? 同窓会って出会いの場でもあるのに」

「うーん……でも、なんとなく……中学とか高校の同級生と、っていうのは考えにくいな。また遠恋になるし」

「そうだね……」

「てゆーか、同窓会とかそんなことより、彼氏がいるって隠そうとしてることの方が腹立ったんだけど!」

語気を強め、仁美はきっと私を睨んだ。その剣幕に、ついたじろいでしまう。

「だ、だって……! あんまそーいうこと、知られない方がよくない?」

「何でよ! 相手が誰かまでは言う必要ないんだし、意味わかんない男が寄ってくるよりいいじゃん!」

「んー……うん……」

そう言われても、私も自分で、自分の不器用な性格は自覚している。写真見せてとか、どんな人なのとか訊かれた時に、うまくごまかす自信がないのだ。曖昧に返事をする私の意図を察してくれたのか、話題を切り替えるように仁美が切り出して来た。

「はあ……もういいや。他に何話したのか、教えてよ」

なんとなく仁美に申し訳ない気持ちになり、先ほど言いあぐねた「菜々ちゃんが一番綺麗で可愛い」と言われたことを話してみた。

「マジかよ……ごちそーさまです。信じらんない……」

「ちょっと。信じらんないってなに」

「いやヘンな意味じゃなくて! すごいね、達樹くん……」

「あ、あと、ラナンキュラスの花言葉が『あなたは魅力に満ちている』だって言ったら、俺も同じ言葉菜々ちゃんに言いたいって言われた」

「ええー!? もう……すごいわ!! ベタ惚れじゃん!!」

「いやほんと……私も信じらんない。こんなにほめてもらえるなんて……」

呟くと、仁美は穏やかに笑った。

「よかったね、会いに来てくれて。それがなかったら、たぶん今日ずっとイヤな気持ちだったでしょ」

確かに……。

東京で会おうと言ってくれた達樹くんの言葉を思い出した。本当に……今日会ったどんな男の子より、達樹くんは魅力に満ちている。いつも素直で、正直で……こんな私のことを、綺麗だと真っ直ぐに褒めてくれる。

東京が近付くにつれ、達樹くんの言葉通り雪がちらつく空を眺めた後、撮った写真のうちどれを達樹くんに送るかを仁美と相談していると、棒のようになった足も、混雑した車内も、今日あったイヤなことも全て忘れられてしまうのだった。



END
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