078 シャングリラ後日談

□君に贈る花
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「懐かしいなあ。ちっちゃい頃、このへんでよく遊んでた」

「そうなんだ。菜々ちゃんの地元に来れて、嬉しいな……」

「ほんとに、遠いとこごめんね。でも、ありがとう……元気出たよ」

ついそう零すと、達樹くんは怪訝そうな顔になった。

「元気なかったの?」

「あ……えーと……」

「なに。元カレに会った?」

ええっ!? す、鋭い……!!

「えーと、うん……」

「何言われた?」

「えっと、えーと……高校の時の元カレは……別れたときのこと、謝ってくれたんだけど……」

「ああ……菜々ちゃん、フラれたんだよね」

「うん……でも、中学の時の元カレが……。こいつがほんっとに! あっ、そういやラインブロックしよーと思ってて忘れてたわ。もうブロックして削除しとこっと」

携帯を取り出すと、達樹くんは苦笑いした。

「モラハラしてくるヤツだったっつってたね。そんなひでーこと言われたの?」

「ライン返せよとか言われて、シカトしよーとしたら、舞台に出て調子乗ってる、芸能人ぶってるって。もうマジで、二度と顔見たくない。記憶から消したい」

「うっわ。ひでーな。まあでも、言われるんだよなー、そーいうこと。そんなつもりじゃねーのに」

その一言に、達樹くんもデビューしてから今までに、心ない言葉を浴びせられて来たのだろうと思わされた。以前『シャングリラ』の記者会見の翌日に、達樹くんに食事に誘われ、その席で話をしてくれた後、感じたことを思い出す。達樹くんが今までに感じて来たことのほんのひとかけらしか経験していないのに、そのひとかけらをこの上なく苦痛で不快に思った自分に嫌悪感を抱いたこと……。

「……ごめんね、元カレの話なんかして。私、同窓会とか出るつもりないから、たぶんもう二度と会わないし、心配しないでね」

「え、今日、同窓会なかったの?」

「夕方からあったみたいだけど、みんな着替えてから出席するっぽかったから、仲いい友達とお茶するだけにしたの。なんか、達樹くんと同じようなことしてるなあ」

「そうなんだ……せっかくなのに、俺のせい?」

「ち、違う、違う! どうせ、今日中に帰らなきゃいけないし! 私も会いたかった。そんなこと言わないで?」

思わず、達樹くんの手を握った。

「……振袖姿、見てもらえてうれしい。達樹くんに一番、見てもらいたかったから」

「……ありがとう、時間作ってくれて。綺麗だよ、菜々」

呟いて、達樹くんは私の手の甲に口付けてくれた。

「……そろそろ行こうか。そういや、仁美ちゃん、なんて言ってた?」

「あ、思ってた通りのリアクションだった。ムリ、まだ死にたくないって」

「ぶはっ! なんでだよ!」

「そりゃそーだよ! 坂井達樹の車に乗って2時間も移動なんて、私でも死んじゃいそう……」

「ええ!? もう……俺、そんな大した人間じゃないのになあ……」

「そんなわけないよ! でも……ごめんね。わざわざありがとう。ゆっくり、慣れていくね」

「……うん。じゃあ、せめて家の近くまで送るよ」

「ありがと……。あのね、達樹くん……これ……」

ずっと持っていた、小さな花束をおずおずと差し出した。

「私から、達樹くんに……4年遅れのお祝い。成人おめでとう」

達樹くんは目を瞬かせた。

「俺に……?」

「成人式、出られなかったって言ってたから……大したものじゃないんだけど……」

そう言うと、達樹くんはそっと花束を受け取ってくれた。

「ありがとう……嬉しい。思ってもなかった」

「ん……ほんと、もっとちゃんとしたもの、用意したかったんだけど……」

「いや……すげえ嬉しい。綺麗……。バラ……じゃないよね?」

「ラナンキュラスだよ。この時期くらいから出回る花で、大好きなの。きれいでしょ!」

「ラ……え!? むずっ!」

「ラナンキュラス。4年遅れだから4本にしようと思ったけど、縁起悪いかなーって、1本足しちゃった。まあ、残った1本は私ってことで……こじつけだけど」

照れ臭くなり、手を首の後ろに回しながら言うと、達樹くんは花束に顔を寄せ、一輪一輪、じっと眺めた。

「……ありがとう……。俺てっきり、菜々ちゃんが誰かからもらった花かと思ってた」

「達樹くんが、その花どうしたのーとか言ってくれたら、渡すつもりだったんだけど……」

「うわっ。ごめん。空気読めなくて」

「あははっ! いいの。贈り物なのに、受け身なんてズルいもんね」

「そんなことないよ。えっと……ラナン……キュラス?」

「そう! 赤のラナンキュラスは、花言葉がすてきなの。あなたは……」

そこまで言って、急に恥ずかしさが込み上げた。モゴモゴしていると、達樹くんが怯えたような声を上げた。

「え!? あなたは何!?」

「ちょ、ちょっと待って! は、恥ずかしい! 言えない……!」

「なんだよ、それっ!」

携帯に打ち込み、そうっと達樹くんに見せた。これだけでも恥ずかしいのに、

「『あなたは魅力に満ちている』」

「きゃーーーなんで音読!? 黙読してよ!!」

「『あなたは魅力に満ちている』」

「ちょっとおお!!」

携帯を取り上げると、達樹くんは大笑いした。

「あはははっ! ありがとう、菜々ちゃん……。俺も菜々ちゃんに言いたいよ。『あなたは魅力に満ちている』」

言いながら、達樹くんは私の手を取り、私の手のひらを自分の頬に当てた。その言葉と仕草に、目眩がしそうになる。私の手のひらの感覚を確かめるように目を閉じ、達樹くんは少しだけ悔しそうな声を漏らした。

「……本当に、ありがとう。ごめんね……俺菜々ちゃんに何も用意してない……」

「ううん! いいの! 会いに来てくれたことが一番うれしいから!」

そう言うと、達樹くんは嬉しそうに笑った。

「また連絡するから……東京で会おう。向こうは雪降ってるから、帰り気を付けてね」

「え!? そうなんだ。やだなあ……」

「ふふ。菜々ちゃん、今日は本当、ありがとう。じゃあ、行こう」
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