078 シャングリラ後日談
□君に贈る花
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『今日バイト入ってる?』
達樹くんからのラインに、私の胸は躍った。お正月に達樹くんに会ってから、まだ数日しか経っていないのに、もう会えるなんて……。冬休みが終わる直前で嬉しい! とにやけてしまうのを抑えながら、『今日は休みだよ!』と返信した。
夕方、達樹くんが部屋を訪れてくれた。彼は初めて見るコートを羽織っていて、それだけで、雑誌の中の坂井達樹がそのまま飛び出して来たみたい……とドキドキしてしまう。
「お邪魔します。菜々ちゃん、急にごめんね」
「ううん! うれしい! 寒い中、ありがとう!」
「お土産持って来たよ」
「えっ! ありがとう! なに、なに?」
「たい焼き。菜々ちゃん、和菓子食べれる?」
「わー! たい焼き、大好き! うれし〜〜ありがとう! しかもここ、いつも並んでるよね?」
「え、そーなの? 知らなかった……。さっき差し入れでもらって、うまそうだったから、菜々ちゃんと食べようと思って」
「私も食べたことはないんだけど、いつもすぐ売り切れちゃうって有名なんだよ。めっちゃうれし〜〜!!」
温めてから食べようと、キッチンに立った。コーヒーよりは緑茶がいいかな、あったかなあ、と棚を漁っていると、ソファに座っていた達樹くんが声を上げた。
「菜々ちゃん、めっちゃライン来てるよ」
「え?」
「7〜8件、連続で来てる。あ、また来た」
テーブルに放っていた携帯がチカチカと光っている。何だろう、と手に取り確認していると、達樹くんが呟いた。
「ごめん。さすがに、気になって」
「いいよ。そりゃ、気になるよ」
「………」
達樹くんの表情は複雑だった。「誰?」、「何の用?」と尋ねたいのを堪えているのが、手に取るようにわかる。思わず吹き出してしまった。
「そんなに心配しないでよ! 仁美だから、安心して!」
「う……いや、仁美ちゃんでも心配だよ! そんなにいっぱい……何かあったの?」
「大丈夫だよ! 今度の成人式の待ち合わせ場所とか、二次会の場所とかの連絡!」
そう言うと、達樹くんは勢い良く身を乗り出した。
「成人式!? 菜々ちゃん!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてねーよ!! マジで!?」
「あ……ごめん。言った気になっちゃってた」
達樹くんは口を開けたまま、ドサッとソファに凭れた。
「……そっか……そうかあ……菜々ちゃん、二十歳だもんなあ……おめでとう!」
「あ、ありがと……。二十歳になってから、だいぶ経つけどね……」
「あれ着るの? 振袖!」
「うん。着るよ」
「見たい!! あれいつだっけ!? 月曜か!!」
「ええっ!?」
「月曜、スケジュールどんなんだっけな……」
達樹くんも携帯を取り出し、黙り込んでしまった。隣に座り、恐る恐る切り出した。
「あ、あの。私、地元帰るんだよ? 見れないよ!」
「何だよ。晴れ姿、俺に見てほしいって思わないの?」
「そ、そういうことじゃなくて……。写真ならあるよ! 前に撮影だけしてもらったやつ」
「いや見せないで!! 当日の楽しみに取っとくから!!」
「何それっ! 私、地元帰るってば!」
「仕事終わり次第行く! 少しでいいから、見せてよ!」
「ええ……!? 本気なの!?」
「見たいよ! 一生に一度の成人式だろ!」
力が抜けてしまった。こんなことになるなんて……。写真だけ見てもらえればいいと軽く考えていた私は、今から落ち着かない気持ちになってしまう。それに……。
「ど、どうするの。誰かに見られたら……」
「大丈夫。あの辺りなら記者もいないよ」
「なによお! 田舎者扱いしてっ!」
「いやそういうわけじゃ……。とにかく、行くから! つっても、片道2時間はかかるなあ……」
「私、その日のうちに東京に戻るつもりなんだけど……」
「わかった。遅くなるようなら早めに『行けそうにない』って連絡する。それがなかったら、来るって思っといて」
「………」
大丈夫かなあ。誰かに見られる心配もあるけど、うまいこと抜け出せるかな……。仁美にあらかじめ伝えとかなきゃ……。
ぼんやり考えていると、達樹くんが低い声で呟いた。