078 シャングリラ後日談

□エメラルド序章
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「わあっ、見て!」

ここのところずっと、そんなことばかり考えている。菜々ちゃんと一緒にいても、つい、悶々としてしまっていた。車に乗り込もうとする菜々ちゃんが上げた楽しそうな声に、慌てて彼女が指さした方向を見る。

「え、何?」

「桜! 蕾が膨らんでる!」

恥ずかしいが、花が咲いていないと、桜の木だとは俺にはわからない。蕾を見ると、確かに先が少しだけ緑色になっている。菜々ちゃんが蕾にそっと触れて呟いた。

「だいぶ割れてる……」

俺も木に近付いて菜々ちゃんの手元を見た。

「蕾が割れる……って言い方するの?」

「そう。中の花びらが見えてるでしょ? もうそんな季節かあ……。今年も、お花見楽しみだなあ」

「花見って、いつもやってるやつ?」

昼間に桜の木の下で、レジャーシートを敷いて、弁当を食べながら酒を飲む、なんて花見は、俺たちにはできない。毎年桜の季節には、夜に桜並木を車から二人で軽く眺めるのが定番になっていたが、いつからか菜々ちゃんはそれを「花見」と呼んでくれるようになっていた。

「できたら、満開の時に見たいな。お仕事の都合が合えばいいけど……」

「あんなちょっとだけ車から眺めるのが、そんなに楽しみ?」

「楽しみだよっ! なに? 私だけなのー!?」

「いやっ、そんなことない! ただ、申し訳なくて……」

「なんで?」

「ほんとは昼間に、いわゆる普通の花見、したいんじゃないかって……」

「そんなことないよ。もうそれが当たり前になってるし、2人で普通のお花見なんて落ち着かないもん」

胸が締め付けられる。「それが当たり前」……。菜々ちゃんにとっては、それは本当に、幸せなことなんだろうか。

「達樹くん。私いつも、楽しみにしてるの。申し訳ないなんて言わないで! また連れてって?」

俺を見上げる大きな瞳に、はっとした。

花……花か……。

「わかった。連れてくよ」

「ありがと! うれしー。楽しみ!」

菜々ちゃん……車からちょっと桜を眺めるだけで幸せだなんて……それを当たり前にさせてしまってごめん。これからはもう、そんなことなくなるから。

菜々ちゃんを部屋に送り届けたら、どこかいい場所を調べよう。静かに佇む桜の木を眺めながら、そう遠くない未来に思いを馳せた。



END
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