078 シャングリラ後日談

□エメラルド序章
1ページ/3ページ

「達樹!! よかったな!! おめでとう!!」

店の中に、高崎さんの明るく力強い声が響いた。心から嬉しそうな高崎さんの表情と声に、思わず立ち上がって彼の手を握った。

「高崎さん……! ありがとうございます!!」

「坂井くん、よかったね!! もう軽く泣きそう……」

高崎さんの後ろから顔を覗かせた森野さんの顔はくしゃくしゃだった。森野さんの手もぎゅっと握って、祝福の言葉を返した。

「いや森野さんもでしょ! おめでとうございます!」

「ありがと……」

三寒四温の気候に振り回される三月、俺は『シャングリラ』のメンバーを麻布十番に呼び出した。漸く事務所の許可が下り、菜々ちゃんのOKさえもらえれば、結婚できることになったと報告する為だ。高崎さんと森野さんは、伝えた時間より随分早く店に来てくれた。

「坂井くん、まだ菜々ちゃんには言わないでよ! 坂井くんのプロポーズがうまくいったら教えて! 私から言うから!」

「え? 何でですか!?」

「だって、万が一私のせいで2人が気まずくなったらイヤだもん!」

菜々ちゃんを除いた『シャングリラ』のグループラインを作り、事務所の許可が下りたことを皆に報告すると、森野さんも結婚することになったと教えてくれた。森野さんとしては、自分の結婚の報告を菜々ちゃんが聞くことで、菜々ちゃんに変に結婚を意識させるようなことは避けたいらしい。森野さんの気遣いに、申し訳ない気持ちが溢れた。

暫く三人で話していると、佐々木さん、マリナさん、大北さんもやって来てくれた。

「坂井、久しぶり! 事務所の許可が下りたって!?」

マリナさんはキラキラした笑顔で俺の肩を強く叩いた。いつもなら「痛い」だの「強い」だの文句を言いたくなるこの挨拶も、今日は有り難い気持ちで受け止められる。

「マリナさんご無沙汰してます! そうなんですよ! やっと……」

「よかったなあ。許可下りる前にフラれなくて」

大北さんは挨拶もそこそこに、薄く笑いながら俺を小突いた。

「いやマジで……冗談になってないっすよ」

肩を竦めて苦笑いすると、いつの間にか席に着いていた佐々木さんが、頬杖を付きながら俺を見上げて来た。

「菜々ちゃんはどうしてる? 相変わらずか?」

「相変わらずっすね。結婚なんてまっったく考えてなさそーな感じです」

「お前も苦労すんなあ……」

「……それでですよ。先輩方! 相談したいんすけど……」

俺も席に着き、声を潜め手を組むと、皆、怪訝そうな顔をした。

「あの……プロポーズ……って、どうしたらいいすかね……」

皆が一斉に溜め息をつく。

「お前な〜〜何かと思ったわ!!」

「いや、だって!! 大北さん、どうしたんすか?」

「俺っ!? いや恥ずかし……た、高崎さんは?」

「俺はベタだけど、夜景の見えるレストランだったよ。もう20年くらい前だなあ……」

「なるほど……森野さんは? どんなでした?」

「普通に部屋だったよ。ごはん食べてるとき、結婚しよっかーって。大北さんも教えてくださいよ!」

「え〜〜……いや俺んとこは、最初から結婚前提の付き合いだったし……」

「プロポーズしてないんすか?」

「いやー、んー、えー、まあ……明日香ちゃんとこみたいな感じかな……」

「へえ……マリナさんも教えてください」

「アンタね。私に訊く!? 結婚、失敗してんのよ!」

「でもプロポーズはあったでしょ?」

「……私もレストランだったかしらねえ。もうあんまり覚えてないわよ」

「レストランか部屋かあ……。佐々木さん……は、独身でしたね」

「ケンカ売ってんな? なんで呼んだんだよ!」

「いや聞かせてください! 佐々木さんならどうしますか?」

「想像もつかねーよ……恋人だって長いこといねーのに。お前、なんもアイデアねーの?」

「達樹、アレは? フラッシュモブとかいうやつ」

「あれ、ちょっと廃れたんじゃないかしら? 坂井、ハイアットのプレジデンシャルスイート予約しなさいよ!」

「貸切のプライベートビーチで、砂浜に『Marry me』って書くとか」

「クルーズ船とか、ヘリコプターとか、リムジンとかチャーターしたり?」

「ディズニーのシンデレラ城の前で、ガラスの靴を……」

「……菜々ちゃん、喜びますかねえ」

ぽつりと呟くと、皆がぴたりと黙り込んだ。

「……なんでだろ。なんか、想像つかない」

「いやそうなんすよ! そういうの喜ばなそーなんすよ!」

「こんなことにお金使ってもったいない! とか言いそうだな……」

「言いそう言いそう。もう、じゃあ部屋でいいんじゃねえ?」

「いや、それだといつも通りすぎて……」

「いいじゃない、いつも通りでも! 何がダメなのよ!」

「だって、今までろくに外でデートなんてしてないし……」

「それなら、お前がなんとかがんばって知恵絞れよ。この中の誰より菜々ちゃんと一緒にいるんだから」

佐々木さんの言葉に、俺も溜め息をついてしまう。

確かにその通りだ……この中の誰より俺が、菜々ちゃんのことをわかっているはず……。でも、どうしたら喜んでくれるだろう……。つーか、プロポーズ喜んでくれんのかなあ……。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ