078 シャングリラ後日談
□彼女と彼と私
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電車の扉に体を預け、苛立ちを抑えながら、携帯を取り出した。
『今日部屋にいる?
バイトとかデートは?』
ラインを送信すると、すぐに既読が付き、返信が届いた。
『部屋だよ
今日はなんも予定ない
来る?』
『行く
コーヒー用意しといて!』
少しだけ気が紛れた。外の情報を遮断するように、耳にイヤホンを付けて目を閉じた。
「お邪魔しますー……」
「どーしたの? なんかあった?」
「んー、まあ。とりあえず上がらせて! 暑すぎる!」
倒れ込むようにソファに座ると、菜々はすぐにアイスコーヒーを出してくれた。
「なに。また男?」
「そお! 今日、鈴華が紹介してくれた男と会ってたんだけどさあ。もうヤリモク丸出しだったから逃げてきた」
フレッシュの蓋を開けながら言うと、菜々は溜め息をついた。
「も〜……鈴華の紹介なんかあてにするからだよ!」
「数打ちゃ当たるかもしんないじゃん!」
「ヤリモクって、どんなんだったの?」
「名前も年も住んでるとこも、なーんも教えてくんない。やる気失せるわ」
「ふーん。イケメンだった?」
「んー……まあまあかなー。あんたの彼氏にはかなわないけど」
「いや当たり前でしょ。うちの彼氏以上のイケメンとかこの世界に存在しないから」
「うざー……間違ってないだけにうざいわ」
私の一番の友達、加納菜々。彼女は一年ほど前から、今人気絶頂の若手実力派イケメン俳優の坂井達樹と付き合っている。といっても、菜々は女優でも何でもない、ただの素人だ。昨年、坂井達樹の出演する舞台のヒロイン役を一般公募すると聞きつけた私は、菜々を引っ張ってオーディションに応募した。そして、オーディションに合格した菜々は、その舞台がきっかけで、坂井達樹とお付き合いするようになったのだった。
そんなことを思い出しながらストローでコーヒーをかき混ぜていると、菜々は少しばつが悪そうな顔になった。
「……もう、鈴華の紹介なんてシカトしなよ」
「私だって彼氏ほしいよ!」
「焦ってヘンな男捕まえたら時間のムダじゃん」
「うわっ。あんた、達樹くんの前にどんな男と付き合ってたか忘れたの!?」
「あー!! それ言う!? もーコーヒー没収!!」
「いやまだ一口も飲んでないわ!!」
ギャーギャー騒いでいると、テーブルの上の菜々の携帯が震えた。
「あ! 達樹くん!」
「えっ! 電話?」
「うん。出ていい?」
「いや聞く前に出ろっ! 坂井達樹を待たすな!」
「何だよ、もう……もしもし?」
ストローを咥えながら耳を澄ませると、微かに、あの坂井達樹の声が聞こえて来る。
いいなあ、菜々……。
ぼうっとしていると、菜々が大声を上げた。
「えっ! 今から?」
菜々がちらりと私の方を見た。
え、なに。まさか……。
「いや、なんで浮気……そんなわけないでしょ。今、部屋に仁美来てるから」
「え!? 達樹くん、今から会いたいって言ってるの!?」
電話中の菜々に掴み掛かりそう言うと、彼女は体を仰け反らせた。
「え、うん。お仕事早めに終わったからって……」
「帰る帰る! またね。ごちそーさま!」
「ええ!? 今来たとこじゃん……」
少しだけコーヒーを口に含んで立ち上がり、帰り支度をしていると、菜々はまた「えっ!?」と大声を上げた。そして、私の方を恐る恐るという風に見上げて来た。