078 シャングリラ後日談
□夢と追憶
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「わっ! 点いたあ!」
「ええ!? 今ぁ!? 俺行く意味なかったじゃん!!」
「あははっ! そんなことないよ! 明日にでも食べれるよ!」
「いやー、まあ、そうかもしんないけど……」
「そんな顔しないで? すぐご飯するから!」
「……うん。楽しみ!」
なんだかんだで、もう十九時前だ。もっと色々と用意するつもりだったが、今からだとあまり時間を掛けられない。結局、チンジャオロースと中華スープと麻婆豆腐だけになってしまった。
「お待たせっ! 食べよー!」
「うわー、うまそう……! 菜々ちゃん、マジすげえ!」
「いや食べてから言って……」
「なんだよ。いつもそう言うけど、まずかったことないから!」
ありがたいことに、急いで作ったご飯だったが、達樹くんはうまい、うまいと食べてくれた。ご飯もたくさんお代わりしてくれて、多めに作ったスープも全部飲んでくれた。
「はあ……腹いっぱい。ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした。よかったあ」
「うまかったあ……俺もよかった、電気来てくれて……」
「ごめんね、野菜少なかったなあ……サラダも作りたかった……」
「いいよ、全然。いつもありがとう」
この笑顔と、いつもありがとうという一言だけで、救われる気になってしまう。一緒に食器を片付け、順番にシャワーを浴びて、ベッドに潜った。雨は、少しだけ勢いが弱まっている。
「明日には、雨マシになるかな……」
「ピークは越えたっぽいよね。えっと……早かったらお昼くらいには上がるって」
携帯で天気予報を見ながら言うと、達樹くんは天井を眺めながら溜め息をついた。
「俺、明日外ロケなんだよなあ……」
「えっ! 朝早いって言ってたやつ?」
「そー、バラエティの。だりい!!」
「あははっ! 言い方っ! バラエティがイヤみたいじゃん!」
「いやバラエティ好きだし、楽しいけど! 雨んなかで仕事したくねーよ……今月末くらいにオンエアだけど、めちゃくちゃ不機嫌だったらごめん」
「いやごめんじゃないよ! プロでしょ!」
「だって、映画とかドラマなら演技できるけど! バラエティのロケって演技しようがないし!」
「みんなが大好きな、真面目で優しくて笑顔が眩しい坂井達樹を演じるんだよ」
「なんだよ、それ……」
また溜め息をつき、ごろり、と達樹くんは寝返りを打った。
「菜々ちゃんの目には、テレビの中の俺はそんな風に見えてんの?」
私に覆い被さり、ニヤリと笑う達樹くんの顔が、逆光で暗んでいる。心臓がどきんと跳ね上がった。
「ん……うん……」
「じゃあ、今の俺は?」
「……真面目で優しい、って感じには見えない」
「あははっ!」
明るく笑って、達樹くんは唇を寄せて来た。
「確かにね。不真面目なことしたい、意地悪したいって気持ち、隠せないし」
言葉とは裏腹に、達樹くんの唇も、手も、声も……何もかも、優しくて温かかった。達樹くんはいつも、お仕事に対してだけでなく、私に対しても、真面目だし優しい。でも、達樹くんになら……不真面目なこともされたいし、少しくらいなら、意地悪もされたい……。達樹くんの心地良い体温に包まれ、幸せを噛み締めながら、私は深い眠りに落ちて行った。