078 シャングリラ後日談

□夢と追憶
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その日は台風が近付いていた。テレビではどのチャンネルでも、気象情報ばかりを取り扱っている。まだ十六時過ぎなのに、空は随分と暗い。

「達樹くん、大丈夫かな……」

つい独り言が漏れてしまった。雨こそまだ降っていないが、外は風が強く、窓がガタガタと音を立てている。

今月の終わりに、達樹くんとお付き合いして一年が経つ。私の夏休みが終わるまでにできるだけたくさん会いたいと、達樹くんは頻繁に、私にバイトの予定を尋ねてくれていた。今日は丸一日休みで、台風の日に出掛けなくていいとなると、ラッキーだと感じてしまう。おまけに、つい三十分前、今日は早く仕事が終わったから部屋に行くねと、達樹くんから連絡をもらったので、尚ラッキーだとうきうきしていた。

ところが……。

「お邪魔します。ごめん……ちょっとタオル借りていい?」

「わっ! 降ってきた?」

「うん……けっこう強い。つめて……」

部屋を訪ねてくれた達樹くんの髪は雨に濡れて、滴が落ちている。シャツも色が変わってしまっているし、足元には泥が跳ねていた。

「夜からだと思ってたけど、早かったね」

タオルを渡すと、達樹くんは豪快に髪を拭いた。

「うん……いつも車にカサ積んでんのに、最近雨の日が多いから、使ったままで車に戻すの忘れてたわ」

達樹くんは首にタオルを掛け、鬱陶しそうに髪を掻き上げた。雨に濡れて嫌な思いをしているだろうに申し訳ないが、文字通り、水も滴る……というやつだ。かっこよすぎて、直視できない。

はー……色っぽいやばい……。

ぼうっと達樹くんの髪を眺めていると、私の視線に気付いたのか、彼は悪戯っぽく笑った。

「どうしたの? 雨に濡れて男前だなーって思ってる?」

「うん。かっこいい」

「なっ……ええ!? ツッコんでよ!」

「だってほんとだもん」

「なんだよ、もう……!」

自分からふざけておいて、達樹くんは恥ずかしそうに俯いた。部屋に入ってもらい、部屋着を渡した。達樹くんの服をお風呂場に干し、コーヒーを淹れる頃、雨足が強くなって来た。

「……えっ、これ、雨の音?」

「うん……ひどいな」

「台風だもんね。怖い……」

ソファの上に体育座りすると、達樹くんが心配そうに肩を抱き寄せてくれた。

「菜々ちゃん、明日バイト、大丈夫かなあ」

「あんまりひどい雨の日は、お客さん少ないよ。達樹くんこそ……」

「そうだなあ……家と局なら大丈夫だろうけど、移動が……。まああの車は、車高あるしそう簡単には沈まないとは思うけど……」

その時、窓の外が光った。私も達樹くんも、はっと窓の方に振り向いた。

「ひ、光ったよね?」

「うん……雷か。珍しいな、台風の時ってあんま雷鳴らないのに」

「怖い……」

「……菜々ちゃん、今日泊めてくれる?」

「えっ!?」

「明日朝早いから、夜には帰るつもりでいたけど……心配だから」

何も言えず、ただこくりと頷いた。正直、嬉しい。一人暮らしを始めて以来、台風が来る日は、いつも心細いからだ。

「……じゃあ、ちょっと早いけど、ご飯作るね」

時計を見ながら、立ち上がった。まだ十七時だが、達樹くんの明日のことを考えると、早くご飯を食べてお風呂に入って休んだ方がいい。

「ありがとう! 何作ってくれるの?」

「今日は中華にする! ピーマンが安かったから、チンジャオロース!」

「うっわーやべー!! 腹減る!!」

「いや期待しないで! チンジャオロースの素、みたいなのなしで作ろうと思ってるの! うまくいくかな……」

「絶対大丈夫だろ。菜々ちゃんだもん」

「何それっ!」

先に中華スープの用意をし、タケノコの水煮をザルに開けた。ピーマンを刻んでいると、また雨音が耳に付き始める。
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