078 シャングリラ後日談

□触発
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翌朝、珍しく、アラームの音ではなく自然と目が覚めた。

菜々ちゃんがいない……。

体を起こすと、静かに扉が開き、菜々ちゃんが顔を出した。

「あっ、起きてたの? おはよう」

髪こそいつも通りだが、菜々ちゃんはちゃんと化粧をしていて、昨日のドレスを身に着けている。

「今起きた……。菜々ちゃん、早いね……」

時計を見ると、まだ六時だ。

「だって、一回帰らなきゃ!」

「なんで……直接行けばいいじゃん」

「こんなカッコで出勤できないよ! 荷物も多いし、月曜だから制服も持って行かなきゃ」

「起こしてくれたら、部屋に送ったのに……」

「そんなことできないよ……私に合わせて早起きしなくていいよ」

言いながら、菜々ちゃんは俺の隣に座った。

「ふふ。寝癖ついてる」

俺の髪を撫でながら笑う菜々ちゃんの肩に、顔を埋めた。

「……もう行くの?」

「うん、戸締まりしておいて。卵焼きとお味噌汁だけ用意したから、よかったら食べて」

「やだ」

「え!?」

「まだ行かないで」

抱き締めて頬に口付けると、菜々ちゃんはクスクス笑った。

「もう……。ねえ、見て?」

「え?」

「森野さんから、ライン来てるの。昨日の写真の」

鞄から携帯を取り出し、菜々ちゃんは画面を見せてくれた。『シャングリラ』のメンバーで撮った集合写真は皆いい表情だった。

「あとね、ほら!」

「あっ! これ……」

それは式場に入ってすぐ、俺と菜々ちゃんが話しているところの隠し撮りだった。かなり近い距離から撮られたもののように見えるのに、全く気付いていなかった。写真の下に、「菜々ちゃんに会えてうれしかったよ! また集まろうね!」というメッセージが添えられていた。俺も携帯に手を伸ばしてラインを確認すると、同じように森野さんから写真が送られて来ていたが、俺の方には「あんまり菜々ちゃん待たせちゃダメだよ!」と書かれていた。

本当にその通りだな……。

「すごくいい写真だね。ちゃんとツーショット撮ろう! って撮ったらいい感じに撮れないことばっかだけど、隠し撮りだとなんでいい写真に見えるんだろ……。前、栗原結愛に撮られたやつもそうだったけど」

携帯を眺めながら微笑む菜々ちゃんの横顔は、この写真と同じ表情だ。

「自然体だからじゃない? 周りには、こんな風に見えてるんだね」

俺の言葉に、菜々ちゃんは恥ずかしそうに目を伏せた。

「……そろそろ行くね。達樹くんは、あと1時間くらいは寝れる?」

「うん……でも、もう起きるわ。寝たら起きれなくなりそうだし」

「そっか。今日もがんばってね」

「ありがとう。菜々ちゃんも」

部屋に独りになると、虚無感に襲われる。キッチンに用意された卵焼きと味噌汁を見つけ、途端に腹が減って来た。普段ろくに食材を買い置かない俺の冷蔵庫を見ながら、色々と苦心して用意してくれたんだろう。

結婚したら、別々の部屋に帰ることもなくなるし、同じ家から仕事に向かえる。結婚したら、隠し撮りなんかじゃなく、堂々と写真を撮ってもらえる。結婚したら、どんな朝食を用意してくれるんだろう。

結婚したら、結婚したら……。

そんなことばかり考えてしまう自分に、呆れてしまう。菜々ちゃんよりも、寧ろ俺の方が、もうこれ以上待てない……。

今日は仕事の前に事務所に寄ろう。遠野さんの「またその話か」というリアクションはもう見飽きたが、俺が気持ち良く仕事する為には、菜々ちゃんの存在が必要不可欠なんだと、事務所ももうわかってくれているはずだ。菜々ちゃんの卵焼きを箸で割りながら、俺は密かに腹を固めた。



END
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