078 シャングリラ後日談
□ワンアンドオンリー
5ページ/17ページ
「そんなに、菜々ちゃんのせいだって周りに喚き散らすんだったら、周りの菜々ちゃんに対する評価、落ちてるかもしれないんだろ? それなら、今さら周りにどう思われてもいいじゃん。みんなの前でカウンター食らわせてやったら」
「か、カウンター……私にできるかなあ……」
「東にはいっつも、絡まれたら言い返してんじゃん」
東さん……そういえば……。
「……独りで残業してたら、東さんが事務所に帰って来てね」
「え!? 夜の事務所に2人っきりになったの!?」
「なんもないから。今論点そこじゃないから」
「こわ……。ごめん。それで?」
「ほんとかはわかんないけど、言わないだけでみんな私のミスじゃないことはわかってる、見てる人はちゃんと見てるって言ってくれた。ちょっとだけ救われたよ」
「……きっと嘘じゃないよ。あいつは本当に、菜々ちゃんのことよく見てるから、それがわかるんだな」
「え!? なんで達樹くんが東さんのことわかるの!?」
「わかるよ。この前の俺のスキャンダルの時に菜々ちゃんが集中力欠けてたことにも気付いてたんだろ? 菜々ちゃんのことが好きでいつも見てるからそういうのがわかるんだよ」
な、なに、達樹くんも東さんも、二回しか顔合わせてないのに、お互いのことがわかるなんて怖い!
「それにしても……菜々ちゃんがそんなにつらい思いしてんのに、直接助けてやれないのがもどかしいな」
どさ、とソファに凭れ、達樹くんが天井を仰いだ。
「……ぎゅってしてくれたら、充分だよ?」
そう言うと、達樹くんは体を起こして、抱き締めてくれた。
「菜々ちゃん、無理しないでいいよ。つらかったらいつでも辞めていいんだよ」
「だ、だめだよ! こんなことで……」
「いつでも辞めてやるって気持ちだけ持ってれば、割と楽になるよ。辞めるつもりでやるんだよ。そしたら、多少大胆なこともできるようになってくるから」
「へえ……?」
辞めるつもり……。例えば自分はあと一週間で退職する身だと思えたら、確かに好き勝手大暴れできそうな気もする。
「……達樹くんなら、どうする?」
「俺? 俺なら絶対、そんなやつのフォローなんかしない。先輩とか上司ならまだしも、同期だろ? 向こうがいくら周りに猫被るのがうまくても、そんなしょっちゅうミスばっかしてるやつ、大して地頭も良くないだろうし、やりようでいくらでもやり込めるよ」
達樹くんらしい……。さすが、栗原結愛とあそこまでの修羅場を繰り広げただけはある。こういうようなこと、たくさん経験して来たんだろうなあと思っていると、達樹くんが聞き捨てならないことを言って来た。
「でも……俺は、菜々ちゃんのそういう、要領のよくないところは、いいところだと思ってるよ」
「え!? 要領よくないってなに!!」
「仕事する上で要領よくて器用なやつは、やっぱどこかずる賢いから。上に媚売ったり、いくつも顔があったり、人を蹴落とすことを何とも思ってなかったりするから。俺は菜々ちゃんに、そんな風になって欲しくない」
そう言って、達樹くんは私を抱く腕の力を強めた。
「……達樹くん……ありがとう。好き……」
「俺も、好きだよ……菜々」
熱い唇に、胸がいっぱいになる。目を開けると、達樹くんの、どこか申し訳なさそうな表情があった。
「なんか、あんま気の利いたこと言えなくてごめん……。悔しいけど、直接手が出せない分、この件に関しては東の手を借りたいな」
「え!? いらない!!」
「ぶはっ! 即答っ! もちろん、余計なことしてきたら、俺出て行くから、すぐ言って」
出て行くからって……いつも思うけど、具体的に何するつもりなんだろう?
考えながら、ごくごくとお酒を飲んだ。言うことを言って、すっきりしたからなのか、
「……気持ちよくなってきた……」
頭がぽーっとする。私の言葉に、達樹くんは驚いたように私に向き直った。
「へっ!? なに、急に!」
「気持ちよくなってきた」
「よ、酔ったってこと?」
達樹くんが、私のチューハイの缶を持ち上げた。
「半分しか減ってねえじゃん!」
「んー……おなかすいてたからかなあ……」
「仕事の後の飲み会とかでも、そんなすぐ酔うの?」
「そういうときは、飲みすぎないようにしてるし……ちゃんと気ィ張ってるから……」
ぼんやり喋ると、達樹くんがまた、頭を抱き寄せてくれた。
「……俺には心許してくれてるんだね。はー、嬉しい……」
「私も、うれしい。勇気出して、会いたいって言って、よかった……」
実は東さんにけしかけられたことは、言わないでおこう。
「いつでも、言ってよ! 前もそう言ったじゃん!」
「そうだけど……お仕事の邪魔しちゃ悪いって思うんだもん」
「もちろん、仕事があったら断らなきゃいけないけど。でも、会いたい、って言うだけならタダじゃん! その時無理でも、次に都合がついた時に会えるんだから」
東さんと同じようなこと言ってる。
働かなくなり始めた頭でそう考えていると、達樹くんが穏やかに笑った。
「菜々ちゃんは明日休みだし、気持ち悪くならない程度なら好きなように飲んでいいよ。酔っぱらっても引いたりしないから」
そう言われると、本当に安心してしまう。何も気にせずにお酒を飲めるのはいつ以来だろう。つい気が大きくなってしまい、半分残っていたチューハイを一気に呷り、お代わりを取りに冷蔵庫を開けた。