078 シャングリラ後日談
□ワンアンドオンリー
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二人して部屋着に着替えて、ソファに座って乾杯した。今日の事情を話さないといけないのに、食べたいおつまみがことごとく同じで取り合いになり、塩でもいいんじゃなかったの!? と思うと面白過ぎて、話すタイミングを逃してしまう。ふと、随分前のことを思い出した。
「ふふ……」
「え!? なんだよ! 怒ったり笑ったり……」
「ん……まだ、お付き合いする前……ふたりでご飯食べに行った時のこと、思い出したの」
「え? ああ……あー……!」
達樹くんも思い出し、そして同じことを感じてくれたらしい。
「あの時は今と逆で、達樹くんがなかなか話をしてくれなくて……。なんかわかるかもって思ったの。ふたりでいるだけで楽しくて、イヤな話したくなくなっちゃうの」
ほんとに……絵理香のことなんか、もうどうでもいいなあ。
そう思いながらお酒を口に含むと、缶を置いたタイミングで、達樹くんがそっと頭を抱き寄せてくれた。
「……菜々ちゃんが話したくないんなら、いいよ。話したかったら、いくらでも聞くし」
優しい言葉に、また涙が溢れそうになる。もう、今日だけで泣きすぎ! と自分に呆れてしまうが、自分で気付いていないうちに、それなりに心はダメージを負っているからなのだろう。
「……大した話じゃないんだけどね……」
言葉を選びながら、私は今日の出来事を達樹くんに話してみた。今日だけじゃない、何度も何度も絵理香のお尻を拭いて来たこと、その度に先輩や上司に「また加納がやらかしている」と思われているのだろうと悔しかったこと、絵理香が確実に、自分の言いなりになる相手を選んでやっていること……。
「ひでえ話……そういうやつ、どこにでもいるんだな」
達樹くんは頬杖を付き、その手で口元を覆った。目が据わっていて、なんだか、私より怒っているようにさえ見えて来る。
「でも、意外だな。菜々ちゃんって、思ったことは人にハッキリ言うタイプだと思ってたけど」
「え!? な、なんで?」
「だって、入社したばっかの時は、東にすげー歯に衣着せない物言いしてたじゃん」
「そ……そうだっけ?」
「駅に送るよーとか言われて、放っとけ! みたいなこと言ってなかった? 東は同期じゃなくて先輩なのに!」
「う……」
確かに、そうかも。絵理香にはなんで、言いたいことが言えないんだろう。
「んー……新人研修の時は仲良くしてたし……大勢の前で、『菜々が悪い! 私悪くない!』って騒がれるから、もうわかったから静かにして! って気持ちがあるのかも……」
「……よけい腹立つなあ。研修ではいい人ぶって、後になって本性現すとか」
本性……そうなのかな。なんだか寂しい……。
研修の日々を思い出しながら、再びお酒を口に含んだ。すると、達樹くんは納得行かなそうな表情でソファの上に胡座を掻いた。