078 シャングリラ後日談
□ワンアンドオンリー
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部屋に着いて軽く化粧を直していると、達樹くんからラインが来た。『着いたよ。オートロック開けてもいい?』という内容に、どきん、と心臓が高なった。つい一ヶ月ほど前、私は達樹くんに部屋の合い鍵を渡していた。『いいよ』と返信すると、一分ほどしてから玄関の扉が開いた。
「お邪魔します。菜々ちゃん、お疲れ!」
「達樹くん! わざわざありがとう!」
「いや俺の方こそ……マジで嬉しい! 録音したかった……」
ぎゅっと抱き締められ、また涙が溢れそうになる。
やっぱり……何かがあった時は、何よりも達樹くんに頼りたいし、甘えたい……。
目を閉じて温もりを味わおうとすると、達樹くんが思い出したように私を放した。
「あれ!? 今日は制服じゃない!」
「えっ?」
「前、金曜日は制服で帰ってくるみたいなこと言ってたのに!」
金曜日は制服を洗濯するために持って帰って来るのだが、まだ就職したての頃は、着替えを怠って、制服の上にトレンチコートを着て帰宅していた。それを達樹くんに知られた時に、かなり恥ずかしい思いをさせられたのだ。
「あれから、もうあんな横着はしてません。それに、今は暑いし、上に何か着てごまかすってことができないし!」
「え〜〜!? 制服プレイ楽しみにしてたのに……」
「ぷ……プレイとか言わないで!」
部屋に入ってもらうと、テーブルに載せていたコンビニ袋に、達樹くんはすぐに気が付いた。
「何買って来たの?」
「あ、えっと、あの……お酒……」
俯いて手を弄びながら言うと、達樹くんは驚いたように私を見た。
「酒……やっぱ、今日なんかあったの?」
「ん、うーん、まあ……。いい?」
「……いいよ。話して?」
「達樹くんは、どうする?」
「え!? 俺のもあんの?」
「一応……。好みがわかんないから、適当だけど」
「なんでもいいよ! 明日昼からだから、俺も飲む!」
「おなかすいてない? 何か作る?」
「いいよ。今日昼食ったの、夕方だったんだ。飲もう!」
達樹くんは楽しそうに袋を漁った。
「おー、ビールがいっぱい。色んな種類がある!」
「おつまみとか、何が良かったかなあ……」
「マジで何でもいい。塩でもいい」
「あははっ! よかった!」
「菜々ちゃん……前、仕事でイヤなことがあったらまず俺に言って欲しいって言ったこと、覚えててくれたんだ?」
本当に嬉しそうに目を細める達樹くんに、私も心から嬉しいと思えた。
「ん……そのとき、私の晩酌に最初から付き合いたかった、って言ってくれたなあ、って思って……」
「あ〜〜もう、マジ幸せ。菜々ちゃん、イヤなことがあったんだろうに、悪いけど……」
達樹くんの様子に、「イヤなこと」をすっかり忘れてしまっていた自分に気が付いた。私の「会いたい」という言葉をこんなに喜んでくれて、そして実際に会いに来てくれて、一緒にお酒を飲んでくれる、これだけでもう、同期にミスをなすり付けられるくらいのことなんて、なんでもないとさえ思えてしまう。