078 シャングリラ後日談

□VACATION!
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そんなこんなで、お盆が明けて数日後、海に行く日がやって来た。達樹くんは、お盆期間中に数日お休みがあり、ゆっくり会えるかと思ったが、私は帰省の予定があり、達樹くんもお友達との約束があったりですれ違い、丸一日一緒にいられる日はなかった。それでも、少しでも時間があれば会いに来てくれて、その度に「海に行くの楽しみだね」と話してくれた。嬉しかったし、ここのところ頻繁に会えているので、なんとなく、当日は緊張なんてしないだろうと思っていた。

ところが。

「わっ……なに? この車!」

「今日は海行くから、借りたんだよ。ワゴンがいいと思って」

「す、すっごい大きい……こんなのに2人で乗るの、もったいない……」

「なんだよそれ! いいから、乗って! 早く行こう! 楽しみー!」

アパートに迎えに来てくれた達樹くんは、もう既にサーフパンツを履いていた。黒地に、エメラルドグリーンのモンステラの総柄で、可愛らしい。普段見られないスタイルに、単純な私は簡単にドキドキしてしまう。

「菜々ちゃん、髪、可愛いね」

「え? ただのポニーテールだよ。いつもしてるじゃん!」

「そうだけど、料理する時くらいでしょ。外でその髪型見ると、稽古の時思い出すな……懐かしいね。去年の今頃は、2人とも舞台、がんばってたよなあ」

シートベルトをしながら、優しい表情で目を細める達樹くんに、またドキドキしてしまう。そういえば……こんなに明るい時間に、二人でお出掛けなんて……と思うと、もう、心臓がいくつあっても足りない気分だ。

「あっ! そういや、足見せて! どんなのにしたの?」

お盆の間にネイルサロンに行こうと思っていたが、海に行く日に新しいのを見たい! と達樹くんが言うので、昨日、バイトが終わった後で、新しいネイルにしてもらって来た。この前話した通り、オレンジ系のタイダイ柄で、ターコイズのストーンを付けてもらった。サンダルを脱いで足をシートの上に乗せると、達樹くんは付けたばかりのシートベルトを外して、身を乗り出して来た。

「うわあ……可愛い! きれいな柄だね!」

「かわいいよね! 夏らしくて」

「この前のと、全然違うね。これもいいなあ。見てるだけで楽しい!」

「えへへ。でしょー! でも、今年はこれで最後かなあ」

「え!? そーなの?」

「だって、けっこう高いんだもん。夏はたくさんバイト入れるから、ちょっと余裕あるし、サンダル履くことが多いからやるけど……」

「そうなんだ……」

達樹くんは、少し残念そうに、また私の足に視線を落とした。私の足を取って、近くでまじまじと見つめる達樹くんに、また心臓が早鐘を打ち始める。ドキドキし過ぎて、何も言えずにいると、達樹くんが心配そうに顔を上げた。

「……どうしたの? 気分悪い?」

「ち、ちが……なんか、すっごい、ドキドキする……」

「え!? なんで!?」

「だって! 達樹くん、すっごいかっこいいんだもん!」

「へっ!? ど、どこが……いつもと一緒じゃん!」

「いや、いつも、常にかっこいいんだけど、今日は水着だし……」

「えー? 男の水着なんて、なんも面白くなくない?」

「そんなことないよ。それに、いつもはだいたい夜、家の中で会うのに、今日はお昼だし外だから、それもあって、なんかもう、どうしていいかわかんない……」

まともに達樹くんの顔を見られず俯くと、彼は楽しそうに、クスクス笑った。

「もうすぐ付き合って一年経つのに、全然慣れてくれないね」

「そ、そりゃそうだよ。坂井達樹だよ!」

「あはは! まあ……確かに、俺もドキドキするよ。今から菜々ちゃんの水着が見れる! やべえー!!」

わくわくを抑え切れないというような達樹くんに、苦笑いしてしまう。

ほんっとに、そんないいもんじゃないのに……。

「ねえ、もしかしてその下にもう着てる?」

今日行く海岸には更衣室らしい更衣室はないことをあらかじめ達樹くんから聞かされていたので、着替えやすいように、オーバーサイズのTシャツに、ロングスカートを合わせていた。

「ん、うん……着てるけど……」

「はあー……マジで楽しみ。行こう!」

本当に楽しそうな達樹くんの横顔を見ていると、水着姿を見られるのも恥ずかしいが、ご期待に添えられるかどうかという心配に支配されてしまう。胸が小さい私は、どうしてもそれを隠す水着をいつも選んでしまうからだ。思ってたのと違うなあ、みたいなリアクションされたら、どうしよう……。
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