078 シャングリラ後日談
□VACATION!
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マレーシアでの海外ロケからの帰りに部屋に寄ってくれた達樹くんに、お土産をもらったり写真を見せてもらったりしながら過ごすうち、楽し過ぎて、お茶を淹れることも忘れていたことに気が付いた。グラスを持って戻って来ると、達樹くんが視線を落として大声を上げた。
「うわっ! 菜々ちゃん、それ見せて!」
何のことを指しているのか、すぐにわかる。
「えへへ。いいでしょ!」
「うん、すげーきれい! え? こんなの、今までしてたっけ?」
「ううん、いつもはしてないよ」
ソファに体育座りをして、達樹くんに足の爪を見せた。海をイメージした青系のグラデーションネイルで、ゴールドの貝殻やキラキラしたホログラムがあしらわれていて、見ているだけで幸せな気分になる。
「すげー……すげえきれい。自分でしてるの?」
「まさかっ! ネイルサロンだよ。夏だけの贅沢!」
「へえ……近くで見ていい? うわー、こまかっ!」
「ね。すごいよね! 自分じゃ絶対、こんなのできない!」
「いいなー、女の子は。サンダル履きたくなるね」
「うん! でも、意外。達樹くん、こういうの好きじゃないと思ってた」
「え!? なんで!?」
「前、なんかのインタビューで、派手なネイルしてる子は好きじゃないって言ってなかった?」
「いや、すげえ人いるじゃん! 指と同じぐらいの長さの爪の人いるじゃん!」
「あはは! 最近はあんまり見ないけどね。私も手の爪はしたことないな」
「ああ……菜々ちゃん、手の爪はしちゃダメなのか」
私のバイト先は飲食店なので、手や腕の装飾品……ネイルや指輪、腕時計は基本禁止されている。ピアスはOKなのはラッキーだ。達樹くんにもらったピアスを、外さなくて済む。
「んー、もし飲食でバイトしてなくても、手の爪はやらないかなあ。足の爪より伸びるの早いし、手入れするの大変そう」
「魔女みたいな爪じゃなきゃ、全然いいよ。もっかい見せて。きれいだなあ……」
「えへへ。もうすぐ1ヶ月くらい経つから、また違うのにしようかなあ」
「次は全然違うのにしてよ!」
「うーん……夏本番だし、オレンジとかいいかも! 楽しみ!」
「おー! いいね! これもいいけどね。海に映えそうで」
「これ、海っぽくてきれいでしょ! この前海行ったから、それに合わせたの!」
そう言うと、達樹くんは驚いたように目を見開いた。
「海!? 海行ったの!?」
「う、うん」
「男は!?」
「いません。女4人です」
絶対、言うと思ったわ!
「お、女4人……仁美ちゃん?」
「うん。仁美と、高校の友達ふたり。卒業した年の夏に初めて4人で行って、次の年も行きたかったけど、私、稽古で忙しかったから、3人で行ったみたいなの。寂しかったから、今年は絶対4人で行きたくて」
私の話を聞いているのかいないのか、達樹くんは口を開けてぼんやりしている。
「……水着着たの?」
「着たよ。イヤなの?」
「ナンパされるだろ!!」
「されないよ! ちょっと声かけられるくらいはあったけど」
「それがナンパだよ!!」
「もう! ついてったりしないんだから、いいじゃん!」
「男がいるようなとこで、水着でいたら盗撮されるって!!」
「なにそれ……。水着になるのは海に入る時だけで、それ以外は一応、ラッシュガード着てたから、大丈夫だよ」
ふう、と溜め息をついた。達樹くんの歴代の元カノが、嫉妬深いとか束縛激しいとか言って、彼を振って来たことに、少しだけ納得してしまう。すると、達樹くんは私より盛大に溜め息をつき、うなだれた。
「はあ……いいなあ……俺も海行きたい……長いこと海なんて行ってない」
「え!? マレーシアで散々、行ったんじゃなかったの!?」
「それは仕事! プライベートで行きたい! 菜々ちゃんと!」
顔を上げないまま拗ねたように声を上げる達樹くんに、軽く呆れてしまう。これが、かのイケメン俳優の坂井達樹なのか、信じられない。
「そんなの、ムリだよ。誰がどこで見てるかわかんないんだから」
言いながら達樹くんの肩に手を置くと、彼は恨めしそうに目だけをこちらに向けて、呟いた。
「……海行こう」
「え?」
「菜々ちゃん。俺とも海行こう!」
「えっ、ええ!?」
「なんだよ。まさかイヤとか言わねえよな」
「いっ、イヤとかそういう問題じゃ……」
「次、バイト休みいつ? スケジュール見せて!」
「なっ……ほ、本気なの?」
「当たり前。早く見せて!」
私の携帯のスケジュールアプリと、自分の携帯を見比べながら、達樹くんは黙り込んでしまった。