078 シャングリラ後日談
□想いを形に
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適当なパーキングに車を停めると、待ち切れなかったというように、菜々ちゃんはシートベルトを外した。後部座席に花束をそっと置き、車から飛び降りる菜々ちゃんを見ていると、笑ってしまう。
「そんなに楽しみ?」
「うん! おなかすいたぁ……。あっ!」
思い出したように立ち止まり、先を歩いていた菜々ちゃんが俺の方に戻って来た。
「どうしたの?」
「あのね……ちょっとだけ……一瞬! 5秒だけ! いいかな……?」
そう言って、菜々ちゃんは俺の手を取り、指を絡めて来た。
「な、何。どうしたの?」
「……ほんとは、手を繋いで歩きたいんだもん」
俯いたまま、菜々ちゃんは繋いだ手をじっと見つめている。
「でも、できないから……今、ちょっとだけ……。もういいよ。ありがと!」
手を放し、ニコッと笑い掛けてくれる菜々ちゃんを見ていると、この子は日々、本当に色々なことを我慢しながら俺と付き合ってくれているんだなと思い知らされる。今度は俺の方から菜々ちゃんの手を取り、そのまま手の甲に口付けた。
「ちょっ……達樹くんっ!」
「いいじゃん、別に悪いことしてないんだから」
文句を言いながらも、どこか嬉しそうに見えるのは、俺の気のせいではないはずだ。温かい気持ちに満たされながら、もうすっかり日の暮れた道を二人並んで歩いた。
十分ほど歩くとカフェに着いた。菜々ちゃんは目を輝かせて中を覗いた。
「ここ!? すっごいかわいい! おしゃれ!」
「まだ新しくて、ここができたばっかの時、たまたま近く通ってさ。5回くらいしか来たことないけど、何頼んでもうまいから、通りかかったらつい寄っちゃうんだよなあ」
「へえー。あー、めっちゃおなかすいてきた!」
そう言って菜々ちゃんは黒板メニューを眺めた。その間、中を覗いて、混んでいないか確認した。ここはいつも昼間の方が賑わっていて、夜は比較的空いている。今日も例に漏れていないようで安心した。
「中のメニューには写真が載ってるよ。入ろう」
「うん!」
奥のソファ席に通され、また安心した。もし栗原さんと座った席に通されていたら、さすがに気まずい。菜々ちゃんは俺の思惑には全く気付いていないようで、楽しそうにメニューを開いた。
「何にしよう……もう決めてる?」
「俺も腹減ったなあ……カレーにする! デザートも食う!」
「カレー!? 匂いで私まで食べたくなるよお」
「いいじゃん、一緒の頼んだら」
「えー、せっかくだから、別々の食べたいよ!」
暫くメニューを眺め、「これにする!」と菜々ちゃんが指した写真を見て、仰天した。
「これっ!? パンと葉っぱだけじゃん! 他にも何か頼むの?」
「はっ……葉っぱって! サラダって言ってよ! よく見て! チーズと挽き肉も乗ってるよ!」
「いやいや、腹減ったんじゃねえの!? こんなんで満たされないって!」
「だって、私もデザート食べたいし! 飲み物も飲みたいもん!」
「嘘だろ……」
信じられず、メニューを奪い取ってまじまじと写真を眺めていると、菜々ちゃんが訥々と話し始めた。
「……実は、最近、あんまりご飯食べれてないから……胃がちっちゃくなってるの。いきなりたくさん食べたら、おなかがびっくりしそうだから……」
その言葉に、以前菜々ちゃんの写真が週刊誌に撮られ、一ヶ月ほど会えない日が続いた時も、久し振りに会った彼女はかなり痩せていたことを思い出した。胸が締め付けられ、ごまかすように菜々ちゃんにメニューを返した。
「……じゃあ、俺の分のデザートも、菜々ちゃんが選んでいいよ。どれでも、好きなの」
「え! ほんと!?」
「俺はいつでも来れるから」
「やったあ! どれにしよう……」
こんなことで、菜々ちゃんの心を癒すことができるわけはないことはわかっていたが、それでも、メニューを眺めながらあれこれと悩む彼女の様子に、少しだけ救われた。結局決めかねて、先に飲み物と食事を注文した。すると、思い出したように、菜々ちゃんは急にそわそわし始めた。