078 シャングリラ後日談

□羨望 達樹サイド
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「暑……」

朝、雑誌の取材を終えて一旦家に戻り、着替えたばかりの服が、もう汗で湿り始めた。六月の半ば、今日は今冬公開される映画の顔合わせに来た。俺も大好きでよく読んでいる漫画の実写化で、主演ではないが重要な役を任せてもらえるということだった。気合いを入れて早めに到着するように家を出たが、部屋の扉を開けると、既に先客が座っていた。

「初めまして。栗原結愛です」

栗原結愛は、ミステリアスな役を演じることの多い実力派女優だ。笑っていても、目は笑っていないように見えるし、バラエティなどにはあまり出演しないところからも、どことなく近寄りがたさを醸し出している。これまで、局の廊下で軽くすれ違うことがあったくらいで、共演は初めてだ。栗原さんはすっと立ち上がり、俺に向かって深々とお辞儀した。

「初めまして、坂井達樹です。よろしくお願いします」

歩み寄って、俺も頭を下げた。顔を上げると、栗原さんはにっこり笑って、俺に右手を差し出した。小さく、少しひんやりとしたその手を握ると、栗原さんはぱっちりとした目を向けて来た。

「同い年、だよね? 敬語じゃなくても、いいかな」

「えっ……そうなんですか? 俺、今年27です」

「私も、この前27になったばかりなの。達樹くん、って呼んでもいい?」

「はい……、あ、うん……」

失礼だが、驚いた。テレビで観ている分にも、そして今こうして向かい合っても思うが、随分と大人びた顔立ちで、三十歳過ぎくらいなのかな、と勝手に思っていたからだ。

「私のことも、どう呼んでくれてもいいよ。よろしくね、達樹くん」

「うん……よろしくね」

柔らかいのに、どこか本心が見えないような、不思議な笑顔だった。これから長い撮影期間が始まるのに、なんとなく先行きが不安になり、栗原さんの笑顔に、俺は苦笑いしか返せずにいた。
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