078 シャングリラ後日談

□あなたのことを教えて
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「あ。菜々ちゃん、これあげる」

「え? なに?」

「お年玉」

「おと……ええ!?」

手に乗せられたのは、猫のデザインの、普通のものより大きめのぽち袋だった。分厚くて驚いたが、中身を数えて、もっと驚いた。

「こ、こんなに……もらえないよ!」

「いいんだよ、お年玉なんだから。ピン札じゃなくて、申し訳ないけど」

「意味わかんないっ! 私、お年玉なんて用意してないよっ!」

「いいんだって! 俺の方が、菜々ちゃんより年上なんだから」

「そ、それにしたって……相場ってものが……」

恐る恐る、もう一度ぽち袋の中を見る私に、達樹くんはソファに腰掛けながら、真剣な顔をして言った。

「菜々ちゃん。今日は正月だから、お年玉って形を取ったけど。この前も話したけど……生活費とまではいかなくても、毎月こうして、少しでもお金渡させてほしい」

「な、なんで!?」

「例えば、今日ここに来るタクシー代だって、ばかにならないでしょ。買ってきてくれた材料だってそうだよ。俺と付き合うと、金がかかると思うから」

「そんなの、この前ここに来たときは、タクシー代だって言って、多めにお金持たせてくれたじゃん!」

「うん……あの時から、ちょっと考えてたんだけどね。初めて菜々ちゃんの部屋に行った時も、手の込んだ料理作ってくれたし、俺の誕生日の時も、わざわざ美容院行ってくれて、弁当まで用意してくれたし、このままじゃ絶対、菜々ちゃん困ると思って」

確かに、達樹くんの言う通り出費は嵩んだが、これではまるで施しを受けているようだ。それに、自分の稼いだのではないお金で達樹くんに何かするのでは、意味がないように感じる。どう言っていいかわからずに、達樹くんの隣に座ると、彼も困ったような表情で、私の顔を覗き込んだ。

「例えば……俺が普通の会社員とかで、普通に菜々ちゃんと外でご飯食べに行ったら、その食事代を払うとか、そういうことができるけど……俺にはそれができないから……。俺との交際費だと思って、とっておいてほしい。余っても、返そうと思わなくていいし、足りなくなったら、すぐ言ってほしい。どう使ってもいいから。こうでもしないと、俺が安心して、菜々ちゃんと付き合っていけない……」

「わ、私だって。こんな直接、お金なんてもらっちゃったら、お給料みたいで……達樹くんといるとき、お仕事してるみたいな気になっちゃって、気ィ抜けないよ!」

そう言うと、達樹くんは吹き出した。

「あははっ! 給料か! その考え方はなかったなあ。さすが菜々ちゃんだわ」

「だってそうじゃんっ!」

「そんな風に思わなくていいよ。俺といる時は、気ィ抜いてていいから。稽古してた時からそうだったけど、菜々ちゃんはいつもがんばりすぎるからなあ」

「そ、そんなこと……」

「ね、菜々ちゃん。お願い。もらっておいて」

「……わかったよ。でも、お年玉だから、この金額なんだよね? 次からは、もう少し少なくしてっ!」

「なんだそれ! そんなん、聞いたことねーよ! 次からお年玉少なくしてって!」

「だって! こんな大金、こんな小娘に毎月持たせちゃダメだよ!」

「小娘っ! また言ってる! やべーおもしれえ!」

達樹くんはお腹を抱えて笑い出してしまった。

私、そんなおかしいこと言ってるのかなあ……。

「はあ……菜々ちゃんと付き合うのって、マジで一筋縄で行かねえなー。普通、人がお金くれるってなったら、手放しで喜ぶと思うけど」

「ひ、一筋縄で行かないって……私のセリフだよ!」

「でも……菜々ちゃんのそういうとこが、すげえ好きだよ」

真っ直ぐな瞳と言葉に、何も言えなくなってしまう。ごまかすように、溜め息をついて立ち上がった。

「はあ……じゃ、お金もらったから、お雑煮作ろっと。キッチン借ります」

「ぅえっ!? いや、マジでそーいうつもりじゃねえんだって!! なんか俺、『金やるからその分働け』っつってるみたいじゃん!!」

慌てたように、私に続いて立ち上がった達樹くんに、つい笑ってしまった。

「あは……ごめんね、意地悪言って。ウソだよ」

「いや……なんか、そう言われるとマジで、無神経なことしてるみたいな気になるよ……俺も手伝うよ」

「いいよ、座ってて! さっきまで働いてたんだから! 実は、達樹くんのおうちのキッチン、使わせてもらいたかったの! 広くてきれいだから」

「そーなの? 俺ほとんど使わないから、いつでも、好きなようにしていいよ。冷蔵庫のものも、勝手に使っていいから」

「えー、ありがとう! うれしい! 達樹くんのご実家のお雑煮って、関東風だった?」

「え!? お雑煮に関東と関西とあんの!?」

「関東のはお澄ましで、関西のは白味噌なんだって。うち、母親が大阪の人だから、この話友達としたとき、カルチャーショックで……」

「ええー!! そうなんだ。実家は澄ましだったなあ。白味噌の、食ってみたい!」

「一応、どっちもできるように材料買ってきたけど、じゃあ、関西風にしよっか」

「うん! ありがとう!」
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