078 シャングリラ後日談
□あなたのことを教えて
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バイト先の店は、正月三が日はお休みだ。達樹くんは、元日から五日までお休みらしい。お互いの帰省の予定や友達との約束を考慮すると、ゆっくり会えるのは元日ということになってしまった。
達樹くんは、大晦日、夜遅くまで……というより、朝方までお仕事で、家に戻れるのは八時か九時らしい。仮眠したいから、会うのは昼からでいい? と訊かれ、逆に、そんなんで大丈夫なのか、心配になってしまった。夕方でも夜でもいいよと何度も言ったが、早く菜々ちゃんに会いたいから! と聞く耳を持ってくれないので、仕方なく言われた時間にマンションを訪れることにした。
そして、元日。十二時四十分、達樹くんのマンションの最寄りのコンビニにタクシーを停めてもらい、粉雪がちらつく中、地図アプリとにらめっこしながら歩いた。もしタクシーの運転手さんが、このマンションに坂井達樹が住んでいるということを知っていたらと考えると、マンションに直にタクシーを停めてもらうのは、私のことがバレてはいけないと、気が引けてしまう。達樹くんのマンションを訪れるのは二回目だ。あまり方向感覚が優れていない私は、一度訪れたことがあるくらいの場所はまだ覚えられない。
約束の五分前、なんとかマンションに辿り着き、久し振りにこのマンションの中を歩くと、前と同じように、また花が目に付いた。お正月だからだろう、菊や松や南天や葉牡丹で華やかなフラワーアレンジに、思わず見入ってしまった。
部屋の前に着き、『着きました』とラインすると、扉を開けてくれた達樹くんは、少し前までお仕事をしていたとは思えないくらい明るく私を出迎えてくれた。
「菜々ちゃん! 明けましておめでとう」
「達樹くん……明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「こちらこそ。遠いとこありがとう」
ぎゅっと抱き締められ、体が強張ってしまう。
「達樹くん……私、体冷えてるから!」
「ごめんね……外寒いのに、来させて。わざわざありがとう」
「大丈夫だから、放してよぉ!」
「やだ。久しぶりに会えたのに」
達樹くんがお誕生日の日に話していた通り、ゆっくり会えるのは本当に久し振りだ。あれから、二度ほど達樹くんは私の部屋に会いに来てくれたが、本当に一時間程度で帰らないといけないほどに慌ただしかった。
「達樹くん……元気そうだね? 全然寝れてないのに」
「撮影の合間とか移動中に、ちょこちょこは寝てるよ。大丈夫」
「そんなの、寝てるうちに入んないよ!」
「いいんだよ。寝るより菜々ちゃんに会いたいから」
そう言って、達樹くんはチュッとキスをしてくれた。
「もお……」
「なんだよ。イヤ?」
「イヤじゃないけどっ!」
「ほんとかなあ」
私から目を逸らしながら息をつく達樹くんを見て、少し良心が痛む。思わず、達樹くんの服の裾を掴んだ。
「ほんとだよ。……もう一回、して?」
勇気を出して言うと、達樹くんは少し驚いたような顔つきになったが、すぐに私の頬に手を触れて口付けてくれた。唇を離し、私の髪を撫でながら、熱に浮かされたような瞳で達樹くんは呟いた。
「菜々からもして……」
かっと体に熱が宿ったが、もう一度勇気を振り絞って、背伸びをしてキスをした。
あー!! もう、恥ずかしすぎて死ぬ!!
すぐに唇を離して俯くと、またぎゅっと抱き締められた。
「はあー……年明け早々、幸せ……」
「うー……恥ずかしい……」
「もう一回して?」
「もおっ! 玄関だよっ!」
「あ。ごめんごめん」
漸く靴を脱ぐと、私の持っているビニール袋を見て、達樹くんが尋ねて来た。
「菜々ちゃん、何買ってきたの?」
「あ……お正月だから、お雑煮しようと思って、材料買ってきたの」
「ええっ!? マジでぇ!? 嬉しい!!」
「や、そんな大したのはできないよ! ほんとは、おせちとかがいいんだろうけど、おせち作るのなんて慣れてないから、時間かかりそうで……」
「全然いいよ。そんなん、思ってもなかった! 楽しみ!」
「でも、これだけじゃおなか膨らまないだろうし、悩んでるの。おなかすいてるでしょ?」
「寝る前に、楽屋にあった弁当持って帰ってきてたやつ食ったから、大丈夫だよ。あとで作って!」
楽しそうにはしゃぐ達樹くんに、つい笑ってしまう。リビングに通してもらって荷物を降ろすと、達樹くんが思い出したように声を上げた。