078 シャングリラ後日談
□あなたのことを教えて
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『……クリスマス当日は難しいけど、年明けたら休みになるから。菜々ちゃん、年始の予定は?』
「えっ! お休みがあるの?」
『2年くらい前からもらえるようになったんだ。俺も、地元の友達に会ったりはしたいけど、菜々ちゃんにも会いたい』
「私も会いたい! 私も、実家帰るのと、バイトがあるけど……」
『え!? 菜々ちゃん、年末年始もバイトすんの!?』
「苦学生ですから。働かなきゃ、帰省もできないよ」
おどけたように言うと、達樹くんは少し声のトーンを落とした。
『……こんなこと言うと、菜々ちゃん怒るかもしれないけど。俺、菜々ちゃんの生活費くらいなら出すよ』
「ええっ!? ど、どういうこと!?」
『家賃とか、光熱費とか、通信費とか。月いくらくらい使ってる? 月いくら収入あれば余裕ある?』
「そ、そんなヒモみたいなことできないよっ!」
私の言葉に、達樹くんはまた大笑いした。
『ヒモって! 菜々ちゃん、女の子なのに!』
「だ、だってそうじゃん! そんな養われるようなこと、イヤだよ!」
『まあ、菜々ちゃんならそう言うと思ったけど。でも、あんまこんなこと言いたくないけど、俺、坂井達樹だよ? 少なくとも、菜々ちゃんを楽させるくらいの稼ぎはあるよ』
「わ、わかってるけどっ。それとこれとは別じゃん!」
『別じゃないよ。そのくらいの金で、菜々ちゃんとの時間が買えるんなら、払うってだけだよ』
「もう……! 達樹くん、私が、達樹くんのお金が目当ての悪い女だったらどうするの! 私たち、まだお付き合いして2ヶ月しか経ってないんだよ!」
思わずそう叫ぶと、達樹くんはまた大声で笑った。
『あはははっ! 菜々ちゃん、悪い女なの?』
「え、えーと、違うけどっ。そんなこと言ってると、そのうちだまされちゃうよ!」
そう言うと、達樹くんは今度は穏やかに笑った。
『……確かに付き合ってからは2ヶ月だけど、出会ってからは、もう半年以上経つよ』
「そ、それでも、たった半年だよっ」
『……あのね、菜々ちゃん。もう一回言うけど、俺坂井達樹だからね。今まで、俺の金だけが目当ての女なら、数え切れないくらい寄ってきたよ。男も寄ってきたけどね。なんなら今でも寄ってくるよ。そういう女と菜々ちゃんが違うことくらいは、経験でわかるよ』
「達樹く……」
『むしろ、菜々ちゃんは今まで接してきた女と違いすぎて、こっちが戸惑うわ。考えてみたら、菜々ちゃんは出会う前から俺のことよく知ってくれてるけど、俺は菜々ちゃんのこと、知らないこと多いの、ずりーよなあ。菜々ちゃんのパーソナルな部分、いろいろ知りたい。早く会いたいなあ……』
高校生の時に俳優デビューした達樹くんは、二十四歳になった今までに、私には想像し得ない、様々な経験をして来たのだろう。楽しいことだけじゃない、つらいこと、絶望したこともあったはずだ。せめて私は、達樹くんにはそんな思いをさせたくない……。
「……私も早く、会いたい……」
『そうだね。また、年始の予定、教えてよ。そろそろ行かなきゃいけないから、またラインしといてくれる?』
「うん。でも、達樹くんに合わせるよ。まだ、シフト融通利くから」
『ありがとう。俺ももっかいスケジュール確認するから、一緒に調整しよう。また電話するね』
「うん。行ってらっしゃい」
通話が途切れ、画面に映った「17:32」という表記が目に入った。早くバイト行かなきゃ! と焦ったが、達樹くんの声が頭の中に響き、切り替えができない。ぼうっと画面を眺めていると、「12月3日」という表記も目に入った。
達樹くんにはああ言ったけど、早く、年末年始のシフト予定提出しなきゃな……。
店に着いたら、今出てるシフト見ながら考えよう。そう考えると、漸く頭を切り替えることができ、私はアパートの階段を駆け下りた。