078 シャングリラ後日談

□一に看病二に薬
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「お待たせ。起きれる?」

「うん……ありがとう」

器を見て、驚いた。卵がちょうどいい半熟具合で、刻み葱も刻み海苔も乗っている。

「おいしそう……!」

「だろー? 一応、味見したけどたぶん大丈夫だよ」

得意そうに笑い、達樹くんは木レンゲに三分の一ほどお粥を乗せて、ふうふうと冷ましてくれた。

「はい。あーん」

「ええ!?」

「早く! 俺も恥ずいんだから!」

意を決して、目を瞑って口を開けた。すると、まだ少し熱いお粥が舌に乗せられた。

「んー! おいひい……!」

「よかった。食べれそう?」

「んっ、食べれる! おいしいー!」

そう言うと、今度は先ほどより少し多めに食べさせてくれた。

「椎茸がおいしい……! にんじんも玉ねぎも入ってる! すっごくおいしい!」

「ふふ。普段料理なんてしないけど、これだけは病気したら作るんだ。実家出たばっかりの頃風邪引いて、母親に電話で教わってさ」

懐かしそうに目を伏せ、達樹くんはまたお粥をすくって食べさせてくれた。

「おいひい……。私にも教えて? 作り方」

「作り方ってほどじゃないよ。菜々ちゃんなら適当に同じようなもん作れるよ」

「私も、達樹くんが風邪引いたら作りたいもん……」

そう言うと、達樹くんは穏やかに笑った。

「ありがとう。元気になったらね。はい、あーん」

あっと言う間にお皿は空になった。もう少し食べたいと思ったが、「急にたくさん食べるとお腹がびっくりするから、帰って来てからね」と達樹くんはお盆を持って立ち上がった。

「帰って来てから?」

「うん。少し休んだら、病院行こう。連れて行くから」

「えっ、ええ!?」

「まだこの時間、たぶん病院空いてないからね」

「つ、連れて……って、一緒に行くの……?」

そう言うと、達樹くんは申し訳なさそうな顔をした。

「一緒に行きたいけど、病気の人がいっぱいの場所で気付かれて騒ぎ起こすわけにいかないから、病院の前まででいい? 車停めて待ってるから。何かあったら、すぐ呼んで」

私の方が申し訳ない気持ちになった。もう大人なのに、彼氏を病院に付き添わせるなんてと思ったが、たぶん、こんなことでもないと、自分だけでは病院に行く気が起きなかっただろう。

「ありがとう……」

「いいよ、全然。体空いててよかった。病院空くまで、あと一時間くらいかな? ほら、横になって」

「ん……」

布団に潜ると、達樹くんはベッドに座り、手を握ってくれた。

「菜々ちゃん……実家出てから、こうして体調崩したことってあった?」

言われて思い返してみたが、軽く風邪を引くことはあっても、熱を出して寝込むなんてことは初めてだった。

「ない……なんで?」

「……体調崩した時って、独りだと倍しんどいんだよね。いつもは口うるさい母親に、こういう時だけは感謝する気になるんだよなあ」

苦笑いしながら、達樹くんは私から顔を逸らした。

「菜々ちゃんのお母さんみたいに料理はうまくないけど……一人よりは、俺がいた方が心強くない?」

そう言って、達樹くんはまた私の方に向き直って笑い掛けてくれた。独りでいた時は、すっぴんだとか部屋が荒れてるだとか思っていたくせに、達樹くんの優しさに胸が温かくなる。

「……でも……もし、インフルエンザだったら……うつしたら大変……」

「大丈夫だよ、ちゃんと予防接種してるし。もしかかっても、その時は菜々ちゃんが看病しに来てくれる番でしょ?」

悪戯っ子のように笑う達樹くんに、胸が締め付けられる。握ってくれている達樹くんの手の甲に、そっとキスをした。

「達樹くん……大好き……」

「俺も好きだよ。早く元気になろう」

「うん……」

反対の手で、達樹くんは額を撫でてくれた。自分の体温が高いせいなのか、その手は少しひんやりとしていて、心地良い。目を閉じて感覚を味わうと、達樹くんには悪いけど、病院に行くより、この手にずっと撫でられていたい……と少しだけ考えてしまうのだった。
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