078 シャングリラ後日談
□一に看病二に薬
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「うそお……」
翌朝体温を計ると、三十八度六分だった。『熱上がってる。今日も休むごめん』とだけ仁美にラインし、枕に突っ伏した。すぐに携帯が震え、仁美かと思って画面を覗くと、
「……達樹くん……」
それは達樹くんからのラインだった。『今日、急に昼から休みになったんだ。菜々ちゃん、バイトあるかな?』という内容に、うれしいけど、今日は会えないな……とぼんやり考えた。返信しないと、と思いながらも手が動かず、そのまま夢に引きずり込まれてしまった。
どれくらい眠っていたのか、携帯の着信音に飛び起きた。
「やばっ、遅刻……!」
寝ぼけながら画面を確認すると、達樹くんだった。瞬間、眠る前の達樹くんのラインを思い出す。急いで電話に出た。
「もしもし……」
『……菜々ちゃん。具合悪いの?』
私の第一声に、達樹くんは敏感だった。
『既読ついたまま長く返事がないから、心配になって。大丈夫?』
耳から携帯を離して時間を見ると、十三時を回っていた。
「ごめんね……ちょっと、熱があるみたい……」
『熱!? いつから!?』
「ええと……昨日から」
『昨日!? 病院には?』
「行ってない……出かける元気ない……」
『……食事は?』
「食べてない……」
『……すぐ行く。何なら食べれそう?』
「………」
気持ちは嬉しいが、正直、気が進まない。シャワーも浴びていない、すっぴんで髪もバサバサの状態だ。部屋も荒れている。何より……達樹くんに風邪をうつしてしまったら……。もし、インフルエンザだったりしたら……。
『……菜々ちゃん……菜々ちゃんが考えてること、わかるけど。少しでも食べないと』
「………」
『とにかく、すぐ行くから』
私の返事を待たずに、通話が途切れた。
どうしよう……せめて化粧だけでもしたい……。
そう思いながらも体を動かせない。なんとか洗顔と歯磨きだけはした。ベッドに倒れ込み、またうとうとと眠りに落ちそうになる頃、インターホンが鳴った。のろのろと立ち上がり、オートロックを解除し、ついでに玄関の鍵も開けた。またベッドに倒れ込み、寒気に耐えかねて布団にくるまると、もう一度インターホンが鳴った。『鍵開けてるので入ってください』とラインすると、すぐに扉が開いた。
「お邪魔します。菜々ちゃん、大丈夫!?」
眼鏡を掛けた達樹くんが飛び込んで来た。私の姿を見て、彼は言葉を失った。
「……達樹くん、ごめんね……」
呟くと、達樹くんはそれには応えず、眼鏡を外して洗面所へ入って行った。手を洗う音が聞こえ、暫くして戻って来た達樹くんは、スーパーの袋を持っていた。
「ちょっと、勝手に触るよ」
そう言って、達樹くんは棚からグラスを取った。
そういえば……洗い物もそのままだ……。もうイヤ……。
泣きそうになっていると、達樹くんが側に来て、グラスを差し出してくれた。
「起きれる? ポカリなら飲める?」
「………」
返事をする前に、達樹くんが私の体を起こしてくれた。私の額に反対の手を当てた達樹くんの表情が歪んだ。
「熱っ……。最後に熱計ったのいつ?」
「……朝、8度6分だった……」
「高いな……。とにかく、飲んで。一応、常温のと冷えてるの買ってきたけど、どっちがいい?」
「……常温のがいい。寒い……」
入れてくれたポカリスエットを口に含むと、飲み物を飲むことを体が思い出したように、あっという間に飲み干してしまった。達樹くんは安心したようにもう一杯ポカリスエットをグラスに注ぎ、ベッドサイドに置いて立ち上がり、布団の上から毛布を掛けてくれた。
「横になっていいよ。寒い時は暖かくして、暑くなったら薄着にして。無理に汗をかこうとしなくていいから」
そう言って、達樹くんはスーパーの袋を持ってキッチンに向かった。
「菜々ちゃん、おかゆなら食べれる?」
その一言に驚き、声を上げた。
「いいよ、自分で作るよ……!」
「なんだよ、俺だっておかゆくらいなら作れるよ! いいから寝てて!」
いや違う、疑ってるわけじゃない! 恐れ多すぎるだけ!
そう思ったが、もう達樹くんは洗い物を始めてしまった。もうほんとにイヤ……と思いながらもありがたく、今だけは甘えたい、助けてほしいという気持ちに負けてしまう。暫くするといい匂いが漂い始め、達樹くんがお盆にお粥の入った器を乗せて持って来てくれた。