078 シャングリラ後日談

□氷解
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「父さん、母さん、基。今日は時間を作ってくれてありがとう。改めて、お付き合いさせて頂いている、加納菜々さんです」

「あ……改めまして、加納菜々と申します。かねてより、達樹さんとお付き合いさせていただいております。本日は、お時間を作っていただいてありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げると、お母さんが明るい声を上げた。

「いいのよ、そんなに堅くならなくっても。さあ座って! 色々とお話を聞かせてちょうだい!」

「そうだよ。あの達と結婚しようって女の子がどんな子なのか、すげえ興味あるわ」

「いちいちうるせえな……」

お父さんだけは黙ってお茶を啜っていたが、お母さんとお兄さんは、私にあれこれと質問して来た。実家はどこだ、兄弟はいるのか、趣味はなんだ、仕事は何をしているのか……。

「じゃあ、菜々ちゃん、20歳ん時から達と付き合ってんの?」

「ありがたいわねえ。こんなお仕事をしてる子とお付き合いするの、大変でしょう!」

「そんなことありません。いつも達樹さんに気を遣っていただいています」

「まあ……。菜々ちゃんのご両親は、達樹とのことをご存知だったの?」

「いえ、お付き合いしている人がいるとだけ話していました。お相手が達樹さんだということを伝えると、びっくりしてましたが……」

そう言うと、達樹くんが急に姿勢を正した。

「……先日彼女のご両親にご挨拶に伺って、結婚の承諾を頂きました。今日は改めて、結婚の報告に来ました。どうか結婚を認めて下さい」

達樹くんの言葉に、私も姿勢を正した。

「達樹さんが私の両親に結婚の挨拶をしてくださり、両親は快諾してくれました。未熟者ではございますが、これから達樹さんと、温かい家庭を築いて行きたいと思っております。どうか、達樹さんと結婚させてください。よろしくお願いいたします」

お母さんは目を丸くした。

「礼儀正しいこと。お母さんは大歓迎よ。もう、達樹の結婚はあきらめてたから」

「なんでだよ!」

「俺も。菜々ちゃん、こんな愚弟でよかったら、よろしく頼むよ」

「なんだよ、二人して……」

そう言って、達樹くんはお父さんを見た。

「父さん」

達樹くんは促したが、お父さんはお茶に視線を落としたままだ。

「……息子をよろしくお願いします」

ほっとしたが、達樹くんが小さく舌打ちしたのを、私は聞き逃さなかった。またどうしていいかわからなくなった時、お兄さんのカップが目に留まった。

「お兄さん、お代わりいかがですか?」

「え? いいの? ありがとう。マジで信じられねえな。こんないい子が、何がどうなって達と結婚しようって思うんだよ」

「どういう意味だよ……」

「そのままだよ。ガキだし、すぐカッとなるし、嫉妬深いし、顔くらいしかいいとこねーじゃん」

あんまりな言い分に、つい、反論してしまった。

「お兄さん……そんなことないですよ。本当に、達樹さんは素晴らしい方です。いつだって優しくて真面目で、私を大切にしてくださいます。お仕事にも、いつも一生懸命で、私の方が全然、達樹さんに釣り合ってないですよ」

そう言うと、お父さんが急に立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。呆気に取られた私は、ただその背中を見つめることしかできなかった。

「……え!? 私、何か失言がありましたか?」

我に返って尋ねると、お兄さんがふう、と息をついた。

「大丈夫、タバコだよ。俺も行くかな。達はまだ禁煙続いてんの?」

「うん、仕事以外では吸ってない」

「マジかよ!? すげえな……昔お前、辞めたいけど辞めれねーっつってたじゃん」

「あ……私のために辞めてくださったんです。辞めてほしい、とも言っていないのに、ご自身で……」

「へーえ。やるなあ。俺も禁煙するかなあ」

そう言いながらも、お兄さんも席を立ってしまった。扉が締まると、達樹くんが盛大に溜め息をついて天井を仰いだ。

「あーーー……。親父、マジでなんとかなんねえのかなあ」

「あら。よろしくお願いします、って言ってたじゃない」

「俺に言われる前に言えよ。俺にならともかく、菜々ちゃんにまであんな態度取られたらマジでキレそう」

「まっ。基が言ってた通りね。すぐカッとなるって」

「あーーー!!!」

今度はテーブルに突っ伏してしまった達樹くんを見て、私はますます、どうしていいかわからなくなってしまった。とりあえず、お兄さんが戻って来るタイミングに合わせてコーヒーを淹れたが、お父さんが戻って来ない。

「あの、達樹さんのお父さまは……?」

恐る恐る尋ねると、お兄さんは申し訳なさそうに右手を首の後ろに回した。

「ごめんね、庭でボーッとしてるわ。気にしなくていいよ」

「ええっ……気になります……!」

私は思わず席を立った。

「お迎えに行きます。お庭って、どこですか?」

「菜々ちゃん!」

「達樹くん。今日私、お父さまとだけお話できてない! お願い……」

私の様子に、お兄さんが肩を竦めて言った。

「達、行かせてやれよ」

「……じゃあ、俺も行く」

「ひとりで大丈夫。取りつく島もなかったらすぐ戻るから、心配しないで」

達樹くんはずっと苦い顔をしていたが、諦めたように目を閉じて溜め息をついた。

「わかったよ……」

やりとりを聞いて、お母さんが心配そうに私の肩を持った。

「菜々ちゃん、無理にはいいのよ? ああ見えて、歓迎してないわけじゃないから」

「大丈夫です。すぐ戻りますから」

お兄さんに勝手口を教えてもらい、私は庭に向かった。
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