078 シャングリラ後日談

□氷解
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「達、久しぶり」

「うん。元気してんの?」

「まあな。お前が援助してくれりゃもうちょい元気でやれんだけど」

「いらねーっつったの、そっちだろ……」

そして、その男の人は私の目の前に立った。

お、大きい……!

「あ、あ、初めまして。達樹さんとお付き合いさせていただいております、加納菜々と申します」

「初めまして。坂井基樹です。いつも弟がお世話になってます」

達樹くんより、三センチは背が高そうだ。お顔も、達樹くんに似ているといえば似ている。

「可愛いじゃん。達、やるなあ」

「うるせえな……」

「菜々ちゃん、何歳だっけ? 達と付き合ってると、大変だろ」

「基。気安く菜々ちゃんとか呼ぶな」

「んだよ、ガキだな。そんなんでよく結婚しようと思えるな」

「うるせーって! 今日、紗和さんは?」

「置いてきた。子供らがいるとうるせーからな」

「なんだよ。せっかく都合つけたのに」

「また改めて家に来いよ。紗和もお前に会いたがってたから」

達樹くんがお兄さんと話す間も、お父さんの気配がしない。

「あの……達樹さんのお母さま……」

「あら! いいわよ、お母さんって呼んでくれて! 私も、菜々ちゃんって呼んでいいかしら?」

「あっ、ありがとうございます! もちろんです」

「ふふふ。どうしたの? 菜々ちゃん」

「あの、達樹さんのお父さまは……?」

「たぶん居間ね。悪い人じゃないんだけど、いかんせん人見知りが激しいから……」

リビングに通されると、ソファに座って新聞を読んでいる男の人が目に入った。

「お父さん。達樹と彼女さんがいらしたわよ」

お母さんに声を掛けられ、お父さんは新聞から顔を覗かせてこちらを見た。

「……どうも」

呆気に取られた。達樹くんが、「親父は気難しい」と言っていたことが思い返される。達樹くんを見ると、眉根に皺を寄せている。私の手を引き、達樹くんはお父さんの側に歩み寄った。

「父さん。こちら、加納菜々さん」

「初めまして。達樹さんとお付き合いさせていただいております、加納菜々と申します」

お父さんは座ったまま、小さく息をついた。私の方を見もせず、お父さんは新聞を畳みながら呟いた。

「……達樹の父です。よろしくお願いします」

達樹くんは溜め息をついた。私は、どうしていいかわからなくなってしまった。

「……さあ、お父さん、基、達ちゃん、座って! 菜々ちゃん、ちょっとお手伝いしてくれる?」

「は、はい!」

お母さんの声で、我に返った。キッチンに立つお母さんの側に寄り、持って来た手土産を渡した。

「お母さま、こちらぜひ召し上がってください。お母さまがお好きだとうかがいましたので」

包みを見て、お母さんは顔を輝かせた。

「あら! うれしい〜〜これ、おいしくて大好き! 後で一緒にいただきましょ!」

嬉しそうに目を細め、お母さんは私の腰に腕を回した。

「さ、お茶にしましょ。うちは好みがバラバラで大変なの。お父さんは緑茶で、基と達ちゃんはコーヒーで、私は紅茶。菜々ちゃんは何が好きかしら?」

「あ、私も紅茶が好きです。コーヒーは苦くて……」

「あら! じゃあ、将来、うちみたいになるかもね!」

楽しそうに笑うお母さんの顔が、急に陰った。

「菜々ちゃん……ごめんなさいね。主人があんな感じで……」

「あ、いえ、えーと……私、何か怒らせてしまうようなこと、したんでしょうか?」

「いえいえ、そんなことないわ。主人はずっと公務員をやっていて……達樹がああいうお仕事をしてること、快く思っていないのよ。昔はよくぶつかってたわ。基樹も自営でお店をやっていて、それも気に入っていないの。だから、せめて達樹には、安定した職に就いてほしかったんでしょうね……」

「そうなんですか……」

「でもね、本心では、子供たちのことを愛しているし、心配してるのよ。達樹には言わないけど、達樹の出てる映画やドラマは欠かさず観ているし、雑誌も切り抜いてファイルにしまってるの! それを言うと怒るから、私も知らないふりをしてるけどね!」

「へえ……」

それを聞いて、なんだか勿体なく感じてしまった。お父さんだって、今日家にいてくれたということは、達樹くんの結婚相手が気になったからだろう。どうでもいいと思っていたら、同席してくれなかったはずだ。達樹くんも、きっとお父さんに、お仕事のことも、私のことも、認めてもらいたいと思っているに違いない。

私のせいで、二人がこれ以上仲違いするようなことだけは避けないと……。

そう思いながら、お母さんとテーブルにお茶を運んだ。テーブルには、既にお父さんとお兄さんと達樹くんが座っていたが、私を見て、達樹くんが立ち上がった。
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