078 シャングリラ後日談

□シンクロ
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いつからか、仕事が休みの日曜日でも、目覚ましを掛けていないのに、平日と同じ時間に目が覚めるようになってしまった。もう少し眠ろうかな、と寝返りを打つと、左手に違和感を覚えて飛び起きた。

昨日達樹くんにもらった、婚約指輪……。

達樹くんの言葉を思い出して、じんわりと体が熱くなる。もう十年ほど前、高校生の時に一年だけ付き合った男の子に、ほぼお遊びで指輪をもらったことがあったが、それ以来、この指に指輪をはめたことはなかった。

横になったまま、じっと指輪を眺めると、改めて、本当に高そう……失くしたらどうしよう、と心配になってしまう。結婚指輪なら大丈夫だろうが、こういう立て爪タイプの指輪は、職場では付けられないかも……。そう思い、携帯で「指輪 なくさないコツ」と調べようとして、はっと思い立ち、仁美にラインを送った。

仁美とは大学を卒業してからも、二、三ヶ月に一度は会っている。私としては、家族よりも、今までずっと応援して見守ってくれていた仁美に先に報告したかった。

話したいことがあるとラインで切り出すと、『なに!?怖い!!今から支度して部屋行くから直接聞かせて!!』とすぐに返事が来た。一時間ほどで仁美はやって来てくれて、玄関を開けるなり、彼女は肩に掴み掛かって来た。

「菜々! 改まってなんなの!? もう怖いんだけど!!」

「仁美、来るの早っ! 予定なかったの?」

「翔と出かける予定だったけど、夕方からにしてって言った!」

仁美は三年ほど前から職場の一つ年下の男の子と付き合っている。かなり熱烈にアプローチされたようで、最初はその気はなかったらしいが、今はすっかりお尻に敷いているようだ。とにかく上がってもらい、ソファに座らせ、お茶の用意をした。

「ごめんね、急に。でもわざわざありがとう」

「いいから! それより、何……」

コーヒーを手渡すと、仁美はすぐに私の左手の指輪に気が付いた。

「……菜々。もしかして……」

「うん……プロポーズされた」

言うが早いか、仁美は勢いよく私に抱き付いた。

「ぅえっ! くるし……ちょっと! 零れる!!」

「菜々、おめでと……!! うれしい!! いつされたの!?」

「昨日だよ! もう、びっくり!」

「昨日!? ホヤホヤじゃん!! ありがとーすぐ教えてくれて!!」

「当たり前! すぐご両親に話してって言われたけど一番は仁美だよ」

「菜々〜〜〜!!!」

ぐりぐりと頭を肩口にこすり付けられる。少しだけ鬱陶しいが、喜んでくれる気持ちがとても嬉しかった。

「指輪見せて! わあ……きれい。高そう……どえらい額なんじゃない? これ……。坂井達樹が買うんだもん」

「怖いこと言わないでよ! なくしたらどうしよ……」

「エメラルドだ。すてき……達樹くんらしいね。いいなあ……どこでされたの? 夜景の見えるレストランとか?」

「ちょっと恥ずかしいんだけど……お花畑……」

「お花畑っ!?」

ぷふっと吹き出して、悪い、というように仁美は口を手で押さえた。

「ごめん。でも、お花畑って! 可愛すぎくない? どゆこと?」

「えっとねえ……昔、私自分の名前の由来を達樹くんに話したことがあったんだよね。私が生まれる前に、お母さんがお父さんとデートしたお花畑で見た菜の花がきれいだったから、菜々って付けてくれたって。それを、いい話だなあって覚えててくれたみたい」

「へえ〜〜! 何それ〜〜達樹くんかわいい!」

「ほんとにね。そういうとこあるよねあの人。人気俳優のくせに」

「そこがいいんじゃん! すてき〜〜なんて言われたの?」

「えー……普通に、結婚しようって。もう私びっくりしすぎて、なんも言えなかったの。そしたら、結婚してほしい、結婚してくれる? って何回も言われたなあ」

「うらやま!! なんですぐ返事しないのよ!!」

「だって、そんな話全然してなかったし! 事務所的にも大丈夫なのか心配になっちゃって」

「はっ! ほんとだ。大丈夫なの?」

「もう事務所には話してあるって。早く外でデートしたり手つないで歩きたいって言われちゃった」

「や〜〜……もお、すてきすぎる……。6年も付き合ってるとは思えない!」

「ほんとにね……」

私もうっとりとしながら、指輪を眺めた。

一晩経っても、まだ信じられない……。

ぼうっと指輪を眺めていると、仁美がニヤニヤしながら切り出して来た。
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