078 シャングリラ後日談

□Surat
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それから、達樹くんは何度もポストカードを送ってくれた。どれも花の写真で、見慣れない花でも、写真の角に、プルメリア、サンタンカ、ブーゲンビリア、スパイダーリリーと、花の名前が英語で書かれていた。ポストカードが届く度に、私が前にお花が好きだと話したことを覚えてくれているんだな、と嬉しくなった。

そして七月の終わり、漸く、達樹くんから帰国の日の連絡があった。帰国の次の日は午前中に雑誌の取材があるだけで昼からは体が空くとのことだったので、私もその日は丸々休みを取ることにした。

そして、八月の始め、達樹くんが部屋を訪れてくれた。扉が開いた瞬間、待ち切れず抱き付いた。

「達樹くんっ! お帰りなさい!」

「うおっ! 菜々ちゃん……ただいま。久しぶり」

腕を緩め、背伸びをしてキスをした。チュッと音を立てて唇を離し、もう一度達樹くんの首に腕を回した。

「達樹くん……会いたかった。寂しかったよお……」

私が泣きそうになっているのに、達樹くんは笑い出した。

「なんで笑うの!」

腕を緩め、達樹くんの顔を見て抗議の声を上げると、まだクスクス笑いながら、彼は楽しそうに言った。

「ごめんごめん。菜々ちゃんが初めて俺の部屋に来てくれた時のこと、思い出して。あん時と逆だなあって思ってさ」

言われて、かっと頬が熱くなった。達樹くんとお付き合いすることになって初めてのデートで、私が彼の部屋を訪れた時、彼は玄関の扉が閉まるなり私を抱き締めてキスをして、「菜々、会いたかった」と言ってくれた。あの時、私はあまりの出来事に全身の力が抜け、その場に座り込んでしまったのに、今、全く同じことを達樹くんにしてしまっている。

「懐かしいなー。ちょっと寂しい気もするけど、こんな熱烈に出迎えられるんなら、悪くねーなあ」

「もお! 恥ずかしいからやめてっ!」

耐え切れずそっぽを向くと、熱い手のひらが頬に触れた。そのまま顔を上に向けられ、口付けられる。

「菜々、俺も会いたかった。長く待たせてごめんね」

ぎゅっと抱き締められ、涙が溢れそうになる。

ああ……無事に帰って来てくれて、本当に良かった……。

「達樹くん……。いっぱい、ラブレターありがとう。ほんとにうれしかったよ」

「ラブレター!? そう言われるとすげー恥ずいな……でも、合ってるっちゃ合ってるか」

二人で笑い合った。達樹くんの笑顔が、声が、あっと言う間に私の心を満たして行く。

「菜々ちゃん、髪切った?」

「えっ! よくわかるね。10センチくらいしか切ってないのに」

「10センチったら相当だよ。俺が10センチ切ったら、髪なくなるよ」

「あははっ! そりゃ、達樹くんはね。私は、おへそくらいから胸下くらいになっただけで、大して変わってないよ」

「そんなことないよ。印象変わるよ。可愛い」

そう言って、達樹くんは額にキスをしてくれた。一ヶ月以上も会っていなかったのに、私の小さな変化に気付いてくれたことに、嬉しさが込み上げて来る。

「さっ、中に入れて。大したものじゃないけど、お土産買って来たよ」

「ええっ! 気を遣わなくていいのに!」

「いや、マジで大したものじゃなくて……。ほんとは、香水とか化粧品とかそういうの買いたかったんだけど、そんなん見てたらみんなに怪しまれるなあって思ってさ」

「いいよいいよっ! 無事に帰って来てくれたんだから、十分だよ」

そう言いながらも、達樹くんのチョイスにわくわくしてしまう。手を洗ってソファに座り、達樹くんは袋からお土産を出してくれた。

「ココナッツクッキーとかもあったけど、もう日本も暑いからマンゴープリンにした。俺も食ったけど、すげえ滑らかでうまかったよ」

「わあー! きれい! おいしそう! 冷やして食べよ!」

「おんなじだけど、これは仁美ちゃんに。いつも世話になってるから」

「ええ!? 仁美にっ!? あいつ、神棚に飾るんじゃないかな……」

「あははっ! いや、食ってよ! あ、こっちは菜々ちゃんに」

「なに、なに? 開けていい?」

「うん」

青い箱を開けると、銀色の小さな水差しのようなものが包まれていた。

「マレーシアって、錫が有名なんだって」

「鈴……?」

「錫を加工したピューターって合金? の産地らしくて。また菜々ちゃんに花買いたいから、花瓶買ってみた」

達樹くん……。

たまらなくなり、達樹くんに抱き付いた。

「ありがとう……。私がお花好きだって言ったこと、やっぱり覚えててくれたんだね」

そう言って、壁を指さした。その方向を見て、達樹くんが大声を上げた。

「うおおっ!! 菜々ちゃ……飾んなよ!!」

達樹くんにもらったポストカードはどれも色鮮やかで、見ているだけで元気をもらえた。すぐに目に付くように、コルクボードを買って来て一つ一つ飾っておいたのだ。

「いや飾るよ! そりゃ飾るでしょ!」

「勘弁して!! だってこの部屋、仁美ちゃんとか来るじゃん!!」

「来るけど、手紙の方は裏向けてるんだからいいじゃん!」

「いや恥ずいって!! 外して外して!!」

「やだ!! 絶対いやー!!」

コルクボードに駆け寄り、守るように抱き締めた。

「どんなに、このお手紙に元気もらってたか……。ほんとに、うれしかったんだから!」

私の様子に、達樹くんは溜め息をついた。

「わかったよ……。でも、ぜってー裏向けんなよ! 仁美ちゃんになんか言われても見せんなよ!」

「わかった、わかった。仁美が来る時は、これごと隠すよ」

「よっしゃ。約束ね!」

漸く、コルクボードを放し、達樹くんの側に戻った。達樹くんの胸に頭をすり寄せると、彼はそっと私の髪を撫でてくれた。

「……今度は、菜々ちゃんからラブレターもらいてえなあ」

「ええっ!? 私、字汚いからやだ……!」

「俺だって汚ねーよ! 菜々ちゃんの直筆の手紙が欲しいんだよ」

「うー……うん……わかった……書いてみるね」

言いながらも、手紙なんて、何かが起きないと書きにくいなあ、と悩んでしまう。考えを巡らせていると、達樹くんが吹き出した。

「そんな考えなくてもいいよ。俺のあれだって、大したこと書いてないんだし」

「そんなことないよ! お仕事のこととか、書いてくれてたじゃん! もう、私、今日はいい天気ですねーとか、そんなんしか浮かばない……」

「あははっ! いや、もうそれでもいいよ。交換日記みてえだな」

こ、交換日記……。中学生のカップルみたい……。

「もう……! もう、いいよっ。写真見せて? 景色きれいだった? 日本より暑いの?」

「暑いけど日本の夏よりマシだったな。ただ雨降ったらキツかった! スコールっていうやつ? マジで真っ白んなって、日本のゲリラ豪雨の比じゃなかったし、雷鳴ったら爆音すぎてすげえ怖かった……」

「へえ……亜熱帯って感じ……。ご飯おいしかった? 口に合った?」

「意外とうまかった! 高いけど日本食もあったよ。中華もうまかったな。多国籍国家だから色んな国の料理食えたよ」

「わあ……これ、おいしそう! ほんとに、バナナの葉っぱに乗ってるんだね。これも、彩りがきれい……。え!? これ何!?」

「カタツムリ。雨降ったあと、こんなんがそこら中ウヨウヨしてんだよ! 手のひらぐらいあった。すごくね!?」

「いやーーー!!! そんなの撮らないで!!!」

ソファから飛び降りた私を見て、達樹くんは大声で笑った。

「もー、怖い! 早くスライドしてっ!」

「すげえでかい蛾もいたよ! これも手のひらぐらいあった! こっち来て!」

「やだ!! やだってば!! いやーー!!!」

尚も楽しそうに笑う達樹くんを見て、自分でも単純だと思いながらも、私まで楽しくなってしまう。やっぱり、手紙のやりとりより、こうして直接会って話をする方が、ずっといい……。

「……もう! もっとかわいい動物とかいなかったの!?」

「いたいた! これ見て! このトカゲすごくね!? 緑と黄色で!」

「ばかあああ!!!」



END
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