078 シャングリラ後日談

□三位一体
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年が明け、『月下の錯綜』の公開から一ヶ月が経とうとしていた。達樹くんは忙しく、今は恋愛もののドラマに、ヒロインの相手役のライバル役として出演している。ヒロインは、相手役の男性と達樹くんの間で気持ちが揺れ動くという設定だ。設定だけを見ていると、そこまでヒロインとの激しい絡みはないのかな? と勝手に想像していたが、達樹くん曰くそんなことはないらしく、『泡沫』のトラウマがあるのか、あんまり菜々ちゃんには観て欲しくない、というような口振りだった。

毎週火曜日二十三時からの放送をリアルタイムで観れるように、火曜日はシフトを二十時までにして欲しいとわざわざ店長にお願いし、一話から最新の五話まで、欠かさずリアルタイムで観ている。今回の達樹くんの役は、ヒロインの勤める会社の部署に異動してきた別部署の社員で、回によって黒や紺やダークグレーのスーツに身を包んでいる。最初はヒロインと反発し合っていたのだが、徐々に打ち解け、憎まれ口を叩き合いながらもヒロインのピンチには不器用な優しさを見せてくれるという、まあ、簡単に言うとかっこよすぎて観ているだけで昇天しそうな、非常においしい役柄だ。私としても、『泡沫』のトラウマがあったので観るのには少し抵抗があったが、観始めるとライトなラブコメで、脚本が面白いのと達樹くんがかっこいいのとで、すっかりのめり込んでしまっていた。



『菜々ちゃん、明日夜、ちょっと早く終われそうなんだけど、バイト入ってる?』

そんな折、達樹くんからの電話を、大学からの帰り道に受けた。

明日の夜……。明日の夜!?

「火曜日じゃん! バイト20時までだよ! 『シーソーゲーム』一緒に観よう!」

隣にいた仁美が、小さく「何言ってんの!?」と声を上げた。

『一緒に!? 明日、確か6話だよなあ……』

「うん、6話だよ」

『6話……6話やべーなあ……』

「やばいって?」

『えー……若干のイチャイチャのシーンが……』

「横に演じてる本人がいたら、大丈夫だよ!」

『本当かよ……前みたいなことになるの嫌だよ、俺』

「大丈夫だって! 今んとこ、私めっちゃ楽しんで観てるもん!」

どうしてもって言うんなら、という達樹くんの諦めたような言葉を半ば強引に引き出し、うきうきして電話を切ると、掴み掛かって来そうな勢いで仁美が大声を上げた。

「あんたはアホなの!? 『泡沫』の時、散々な思いしたじゃん!! あれから3ヶ月しか経ってないのに、鳥頭か!!」

「な、なんでよ! どうせ観るのは観るんだから、隣にいてくれた方がいいじゃん!」

「あんたの気持ちはどーでもいいの!! 彼女と一緒に、自分の作品のしかもラブシーン観なきゃなんない達樹くんの身にもなれっ!!」

う……。

「達樹くん、イヤかなあ……」

「おっそいよ、そこに考えが及ぶのが! なんて言ってたの!」

「前みたいなことになりたくないって……」

「ほらっ! あー、達樹くん、かわいそう!」

それでも、今のところ、ドラマを楽しみに観れているというのは本当だし、それは『泡沫』の時に耐性を付けることができたのが大きい。『シーソーゲーム』放送開始前に、達樹くんの色々な恋愛もののドラマや映画を復習したが、意外と、自分の中でちゃんと「坂井達樹」と「達樹くん」の線引きができていて、これなら『シーソーゲーム』も、冷静に観れるだろうというある程度の確信を持っての発言だったのだ。しかし、確かに、自分は大丈夫という気持ちが先行し、達樹くんが本当はどう思っているかに気を回せていなかった。

「私、もう知らないからね! なんかあってもフォローしないから!」

「仁美ちゃん! そんな冷たいこと言わないで!」

「うっさい! 水曜日はノロケ話しか聞かないからっ!」
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