078 シャングリラ後日談
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「達樹くんっ! ほんとにきてくれたー!」
出迎えてくれた菜々ちゃんは、すっぴんで髪の毛は半乾きで、タンクトップにショートパンツという無防備極まりない出で立ちだった。目のやり場に困るくらい可愛い、すげえ可愛いんだけど……。
「菜々ちゃん……いつも部屋でこんなかっこでいるの? こんなんで宅配便とか、出ちゃダメだよ!」
「だって、シャワー浴びたら、暑いんだもん! ピンポンなったら、ちゃんとしてるよお!」
「カーテン閉まってんだろうな……お邪魔します」
「はあーい! どうぞー!」
何なんだ、一体。何があった、菜々ちゃん!
カーテンは閉まっていたが、テーブルにはチューハイの空き缶がいくつも転がっている。コンビニのビニール袋の傍らには、漬け物と炙り明太子のパックが食べ掛けのまま放置されていた。和食が好きな菜々ちゃんらしい渋いチョイスに笑いそうになったが、とにかく……。
「菜々ちゃん、どーした? 何があった?」
溜め息をついて尋ねると、菜々ちゃんの瞳にみるみる涙が溢れた。
「……お仕事で失敗したの!」
……なるほど。
俺のことを探って、菜々ちゃんに脅しを掛けた東とかいう男に何かされたのかと思ったが、真っ当な理由で安心した。
「東さんにめっちゃ怒られたあ! 総務の人にも、すっごい迷惑かけちゃった……。本間さんがフォローしてくれなかったら、たいへんなことになってたよお……。もう、あした仕事いきたくない!」
あ、怒られてはいたか。
仕事で失敗してヤケ酒か……俺も経験あるなあ……。
まだ社会人として駆け出しで、失敗したり怒られたりが多い菜々ちゃんに同情しながらも、それも糧になるから頑張れ、としか言ってあげられない。
「わかってるけど……。ちゃんと確認してれば、防げたミスだったの! 私の注意力が散漫だったの! くやしいよお……」
ソファの上に体育座りをしながら、膝に顔を埋めてさめざめと泣く菜々ちゃんを見ていると、自分のことのように胸が痛む。掛ける言葉を探していると、菜々ちゃんはぱっと顔を上げ、俺の目を見て、悲痛な声で言った。
「あしたは、ぜったい失敗しない。がんばるから、きらいにならないで……」
そう言いながら、菜々ちゃんの大きな瞳に、また涙が溢れた。
あー、やべー、可愛い……。
「こんなことで、嫌いにならないよ……」
「ほんと? さっきから達樹くん、ずっと怒った顔してるんだもん! 達樹くんみたいな非のうちどころのないひとには、私なんか、やっぱりつりあわないよお……」
おー……よくない菜々ちゃんが出てる……。
「菜々ちゃん、そんなわけないこと、わかってんだろ? 何回、同じこと言わすんだよ」
「うー……だってー……」
「とりあえず、手洗って来るから! テーブル片付けよう!」
「やだー、やだあ! いかないでー!」
俺が手を洗うのにも、テーブルを片付けようとするのにも、菜々ちゃんはぴったりと付いて来て、ひたすら「やだ、やだ」と文句を言っていた。まるで子供のようだ。
「やだー! それまだ残ってるからすてないでー!」
「残ってねーよ……これも、これも空だよ。強くもねーのに、こんなに飲んで……」
「……達樹くん、怒ってる?」
俺にしがみ付いて、見上げて来る菜々ちゃんの目がぱちぱちと瞬く。すっぴんだって、大して変わらない。可愛い……。
「……怒ってないよ」
「じゃあ、あきれてる?」
「呆れてもない!」
「怒ってるじゃん!」
「心配してんだよ!」
肩をびくつかせ、菜々ちゃんは俺を放し、すとん、とソファに座った。ふう、と溜め息をつく菜々ちゃんの目が据わっている。今までと違う様子に、俺の方がびくびくしてしまう。今度は何だと、俺も菜々ちゃんの隣に座った。
「……どうしたの?」
問い掛けても、菜々ちゃんは俺の方を見ようともしない。暫くの沈黙の後、菜々ちゃんは前を向いたまま、低い声で訥々と言った。