078 シャングリラ後日談
□家族に
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そして、土曜日。事情を話すと、店長が気を遣ってくれて早上がりさせてもらえた。電車とバスを乗り継ぎ、病院に着いたのは十七時だった。部屋の前の「加納 隆広様」という名札を確認し、ノックした。
「お父さん!」
父は横になっていたが、私を見て飛び起きた。
「菜々!? どうしたんだ!」
「こっちのセリフだよ! お父さん、大丈夫なの!?」
父は溜め息をつき、私から目を逸らした。
「涼太か。菜々には言うなって言ったのに……。母さんも、ペラペラと涼太にしゃべるもんだから」
「何言ってんの! こんなこと内緒にされたら、お母さんも涼太も許さない!」
ふっと息をつき、父はゆっくりと私の方へ視線を戻した。
「……菜々、元気でやってるか? お金は足りてるのか? 危ない目に遭ったりしてないか?」
自分のことよりも私を心配する父に、涙が込み上げた。ごまかすように、父に抱き付いた。
「うっ! 菜々、重いよ」
「お父さん……ろくに帰らずにごめんなさい。私は元気だよ。心配しないで」
「菜々と涼太が元気なら、いいんだよ。わざわざ帰ってきてくれて、ありがとうな」
昔から、母は色々と口うるさかったが、父は物静かで、それでいて私と涼太を見守ってくれて、やりたいことを応援してくれた。そんな父が私は大好きだった。
すると、部屋の扉が開き、涼太が入って来た。
「姉ちゃん! 来てたんだ」
「今着いたの。あんたはいつからいたの?」
「俺も一時間前くらいだよ。母さんは家に着替え取りに行ってる」
「二人とも元気そうで安心したよ。菜々、涼太、いい人はできたか?」
「なんだよ、思い出さすなよ。俺はこの前彼女と別れたばっか。姉ちゃんはまだあの感じわりいやつと付き合ってんの?」
「おい、涼太。なんだ感じ悪いやつって。父さん聞いてないぞ」
「もー! 涼太いらんこと言うな!」
「俺、今までの姉ちゃんの彼氏の中であいつが一番嫌い」
「もうその人とは別れた! 今は違う人と付き合ってる!」
高校を卒業する直前に付き合い始めたのが武史だった。一度だけ涼太は会ったことがあるが、彼の中で武史の印象は最悪だったらしい。
「本当か。菜々を大切にしてくれる人ならいいんだが」
「すっごく、大切にしてくれるよ。心配しないで。でもお母さんには言わないでよ! お母さんに知られたらあれこれ訊かれてうるさいんだから」
「姉ちゃん、ちょっと前の週刊誌に坂井達樹と付き合ってるって書かれてたけど、あれマジになんねえの? 俺友達にめっちゃくちゃ訊かれまくったんだけど」
う……。
「そのニュース父さんも見てたぞ。坂井達樹ってドラマでもCMでもよく見るよなあ。あんな男前だったら父さん大歓迎だけどなあ」
ほ、ほんとですか? お父様!
「共演してたんだし仲よくなれんだろ! なんとかしてゲットしろよ! 坂井達樹の弟になりてーよ」
「う……もう舞台も終わってるのに、無茶言わないでよ……」
「なんだよ、友達になった共演者とかいねーの? 俺森野明日香好きなんだよな〜紹介してよ!」
「もー、そういうの言われ飽きた! 涼太までうるさい!」
そこでまた扉が開き、母が入って来た。
「あら!? 菜々、来てたの!? 連絡くらいしなさいよあんたはもう!!」
「お母さん! 会うなり小言言わないで!」
「元気でやってるの? たまには帰って来なさいよ! 菜々も涼太も、全っ然連絡もよこさないんだから、全く……」
「俺は家出たばっかじゃん!! 姉ちゃんだろ連絡しねーの!!」
「するよ、するする!! これから!!」
私たちの会話を、父は楽しそうに聞いていた。
よかった、お父さんが元気そうで……。