078 シャングリラ後日談
□家族に
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白馬に乗った王子様のように、達樹くんが誕生日に会いに来てくれてから、二週間が経っていた。達樹くんは映画の撮影で、六月の中旬から七月末までマレーシアに発つことになっている。達樹くんは、その間を埋めるように、時間を見つけては少しの時間でも私に会いに来てくれていた。私も、ゴールデンウィークに働き過ぎてシフトを調整されたのもあり、休みだったり、入ってもラストまでではなく二十時までだったりで、達樹くんに会う時間が作りやすくなっていた。
その日も、達樹くんは私の部屋に遊びに来てくれていた。コーヒーを淹れてソファに座ると、電話が鳴った。こんな時間に誰だろう? と画面を見て、驚いた。
「ごめん。出ていい?」
「いいよ。席外そうか?」
「ううん! 大丈夫!」
急いで電話に出る。
「涼太。どうしたの?」
『姉ちゃん、久しぶり。今大丈夫?』
「大丈夫だけど、人といるから手短にして」
電話の相手は弟だった。弟から電話が掛かって来るなんて、一体いつ振りだろう。
『父さんが手術したらしいんだ。今入院してるって』
「手術!?」
『職場で変なコケ方して骨折したってさ。ドジだよなあ。姉ちゃん、週末帰って来れない?』
「そんなの、私全然聞いてないよ!」
『俺も聞いてなかったよ。母さんに用があって電話したら、そう聞いたんだ。たぶん、父さんは俺らに心配かけたくなかったんだろうけど。母さんも疲れてたし、顔見せてやってよ』
「うん……。土曜日、バイト夕方までだから、その後帰る。あんたは帰れるの?」
『俺も土曜に帰る。後輩にバイト代わってもらったから』
「わかった。後で、病院の場所、ラインしといて」
通話が途切れた。
お父さんが手術……入院なんて……。
頭を抱えながら溜め息をつくと、達樹くんが恐る恐る、というように声を掛けて来た。
「菜々ちゃん、今の……」
「あっ……ごめん。弟なの」
「手術って言ってたけど、大丈夫?」
「お父さんが、骨折したって……。たぶん、大したことはないんだろうけど、私、全然知らなかった……」
お母さんも疲れてるって言ってた……。お父さん、お母さん……。
考えれば、長休みもバイトばかりで、一日、二日くらいしか実家に帰っていない。なんて親不孝な娘なんだろう……。
「……菜々ちゃん。俺も一緒に行こうか?」
「ええっ? な、なんで?」
「心配だから……」
「坂井達樹がいきなり現れたら、お母さんまで入院しちゃう!」
「あははっ! そーなの? じゃあ、やめといた方がいいか」
達樹くんは笑ったが、ソファに座り直し、少し複雑そうにして言った。
「菜々ちゃん、親御さんにも、俺のこと話してないんだね」
「うん……こんなこと話したら、本当にお母さん倒れちゃう」
「俺、そんな大した人間じゃないよ」
「そんなわけないよ! それに……やっぱり、あんまりたくさんの人に知られるとよくないでしょ?」
「………」
達樹くんは、尚も複雑そうだった。
なんだろう……イヤなのかな?
「菜々ちゃんのご両親、会ってみたいな。弟さんにも」
「ええっ? なんで!?」
「そりゃあ、会いたいよ。認めてもらいたいよ」
「だって、何て言って会うの?」
「菜々さんとお付き合いさせて頂いてます、坂井達樹ですって」
「だっ……ダメだよ! そんなかしこまった挨拶しちゃったら……」
それって……なんだか、結婚……の挨拶みたい……。
そう考えながらも言い出せずにいると、突然、肩を抱き寄せられた。
「……俺は、そう思われてもいいよ。真剣に、付き合ってるから。菜々ちゃんは違う?」
「………!」
え? え? なにそれ?
ぐるぐる考えていると、達樹くんが吹き出した。
「なんて顔してんだよ! ……まあ、今すぐどうこうはできないから、今回はやめとくけど。いずれ、ちゃんと……挨拶に行きたい」
……達樹くん……本気なの?
何も言い返せずにいると、話を終わらせるように、達樹くんはコーヒーを飲んだ。
「弟さんって、何歳離れてるの?」
「えっと……この春、大学に入学したから、ふたつ下かな? 私が大学に入る時に家を出てから、顔合わす機会減っちゃったなあ……」
「仲いい?」
「悪くはないと思うけど、生意気で可愛くないよ! 小さい時はケンカばっかりしてたよ」
「あはは! そうなんだ。菜々ちゃんに似てる?」
「うーん……どうだろ。小さい時は、声が似てるとはよく言われたけど……弟が声変わりしてから言われなくなったなあ。顔はあんまり似てないかも……。私はお父さん寄りで、弟はお母さん寄りの顔かなあ」
「へえ……やっぱり、会ってみたいなあ」
目を細める達樹くんの穏やかな表情に、どぎまぎしてしまう。私も、好奇心が湧き、尋ねてみた。
「達樹くんは、お兄さんがいるんだよね」
「うん。俺も長いこと会ってねえなあ……。俺の趣味とか嗜好とか、だいぶ兄貴に影響されてるんだよなあ」
「達樹くんのお兄さんなら、すっごいイケメンなんじゃない?」
「あははっ! うーん、背は高いな。たぶん俺よりデカいよ。顔もまあ……似てなくはないのかな? 並んだら、兄弟って感じするかもな」
達樹くんより、背が大きいなんて!
「会ってみたい!」
「あはは! ほら、会ってみたくなるだろ?」
明るく笑って、達樹くんはまたコーヒーを口に含んだ。
「お父さん、大したことないといいね」
「……うん。様子がわかったら、連絡するね」
「うん。すぐして!」