078 シャングリラ後日談

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「お仕事? 行かないといけないの?」

「いや、違う違う。菜々ちゃんの誕生日、あとどれくらい時間残ってるかなって」

言われて時計を見ると、二十三時半だった。

「あと30分あるな。菜々ちゃん、ちょっと立ってこっち来て」

「え? なに!? なんか怖い!!」

「なんでだよ! 大丈夫だから!」

恐る恐る、達樹くんの目の前に立った。ふっと息をついて俯き、顔を上げた達樹くんの表情は真剣そのものだった。

「……君に求婚を断られた時、私は平気な顔をして君を諦めたように振舞ったが、私はあれからただの脱け殻になった。君を、忘れることなど出来なかった。それでも、私の幸せとは、君が幸せでいることだ。君が、私の傍に居ることを厭うならと、それが君の幸せの為ならと、私は今までずっと、君にも、自分の気持ちにも、嘘をついていたんだ……」

それは、舞台『シャングリラ』の、クライマックスでの達樹くんの台詞だった。

「お……覚えてたの?」

「いや、部屋整理してた時に台本見つけて、さっき頭に入れてきた。時間なくて、ここしか入ってないけど……」

照れ臭そうに笑う達樹くんに、胸がいっぱいになる。

「……人の気持ちとは、皮肉ですね……」

私も、台詞を口にした。達樹くんは驚いたように顔を上げた。

「菜々ちゃんこそ、覚えてたの?」

「忘れてたけど、ここは私の台詞、これだけだもん」

肩を竦めてみせると、達樹くんは穏やかな表情で続けた。

「皮肉なものか。こうして私たちは、本当の気持ちを確かめ合うことが出来た。それで十分さ、もう私たちは悩む必要も、嘘をつく必要もない」

ええっ!?

「ぜ、全然、さっきのとこだけじゃないじゃん!」

「いや、マジでここまで! ごめんね」

「私も、これ以上続けられたら、思い出せないよっ!」

口を尖らせると、そっと抱き寄せられ、キスされた。

「……こんなとこに、キスシーンなかったよ……」

「もう、坂井達樹と加納菜々に戻ったからいいんだよ」

もう一度口付けられる。目眩がしそうなほど、達樹くんへの思いが溢れた。

「達樹くん……。昨日と同じようなこと、言うけど……。達樹くんのお誕生日の時、達樹くんは『今までの24回の誕生日の中で今日が一番幸せ』って言ってくれたね。私も同じだよ。今までの21回の誕生日の中で、今日が一番幸せ。本当に、ありがとう……」

「……俺の方こそ、こんなことでそんなに喜んでくれたら、すげえ嬉しいよ。ありがとう」

涙が溢れそうになるのを堪え、達樹くんに抱き付いた。

「達樹くん、髪の毛撫でて、菜々って呼んで?」

「え? ……菜々」

達樹くんの温かい手が、くすぐったいのに、心地良い。

「達樹くん、大好き。最高のプレゼント、ありがとう!」

ぎゅっと腕に力を込めた。達樹くんも、負けないくらい強い力で抱き締めてくれた。

「あー!! 今日は抑えようと思ってたけどムリ!!」

「ええっ!? ひゃあっ!!」

抱え上げられ、ベッドに寝かされた。

「もう! 達樹くん、声でかいっ」

「あ、ごめん」

「今日は抑えようと思ってたって、なによお……」

「あれ? 期待してた?」

「そんなこと言ってない!!」

「今日は菜々ちゃんの誕生日だから、イヤならやめるよ」

そう言って、達樹くんはニヤリと笑った。シャンパンのせいか、大胆なことも言える気になって来る。

「……イヤじゃない……」

「えー? なんだって?」

「もお!! いじわる!!」

体を起こし、達樹くんの胸に顔を埋めた。恥ずかしくて死にそうだが、勇気を振り絞った。

「……ほしい……おねがい……」

呟くと、首筋に唇が降って来た。

「お望み通りに」

もう一度押し倒される。達樹くんのキスは、まだ微かにイチゴの味がした。薄れ行く意識の中で時計を見ると、もう零時を回っていた。誕生日が終わってしまったとぼんやり考えたが、誕生日でも平日でも、達樹くんはいつだって優しくて温かいと思い直した。来年の誕生日も、その次の誕生日も、達樹くんさえいてくれればそれでいいと強く感じながら、今度こそ達樹くんの熱に意識を溶かして行った。



END
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