078 シャングリラ後日談
□翻弄
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イライラしながら、先ほど操作し掛けた携帯を覗くと、達樹くんから『歓迎会終わった?』とラインが来ていた。溜め息をつき、『電話していい?』と返信すると、すぐに電話が掛かって来た。
『菜々ちゃん、どーした!? 何かあった!?』
「達樹くん……。ごめんね、忙しいのに」
私の声色に、達樹くんは怯えたように小声になった。
『……どーした? 怒ってるね』
「うん。もう、ムカつきすぎて月曜日出社できるかわかんない」
『ええっ! まだ入社して一週間なのに。なになに、聞かせてよ』
飲み会での間のことや、東さんとのやりとりを掻い摘まんで説明した。達樹くんは最初、腹を立てていたようだが、だんだん笑い始めたので、違う怒りが湧いて来てしまう。
『あはは! 菜々ちゃん、強っ! よく先輩にそんな言い方できるな!』
「先輩とか関係ないよ! もうぶん殴ってやろーかと思った! てめーなんか100人束になってかかって来ても達樹くんに及ばねーんだよおととい来やがれ!」
『あっはっはっは! やべー! 怒ってる怒ってる!』
「もー! 笑わないでよー! 通勤のこの時間、私にとってはすごく貴重で、潰されたくないのに邪魔されてほんと腹立つ!」
この四月から、達樹くんの深夜ラジオのレギュラー番組がスタートしていた。歴史ある番組の、しかも生放送なので、達樹くんに最初に話を聞いた時から楽しみで仕方なかった。一時から三時という深い時間なのでリアルタイムでは聴けないが、radikoのプレミアムに登録して、全国各局のタイムフリーを回しまくって通勤時にも家事をしながらでも聴き倒している。
『菜々ちゃん、ラジオ聴いてくれてありがたいけど。この時間に何か聴きながら一人で歩くと危ないよ』
「片方しかイヤホンつけてないから大丈夫」
『片方でも、注意力が……』
「もおー! 達樹くんまでいろいろ言わないで!」
ぷりぷりしながら声を荒げると、達樹くんはまた大笑いした。
『あはははっ! ごめんって……心配なんだよ。まあ、今は電話してるからいいけど』
「ほんとは、リアルタイムで聴きたいんだけどなあ……放送日金曜日ならいいのになあ。夜更かしできるのに」
『そんなに面白かった? 深夜ラジオって下ネタもゲスいネタも多いのに』
「面白いよ! 初回は借りてきた猫みたいだったのに、この前のは男子高校生が教室の隅っこで喋ってるみたいだったよ。どんなコスプレが好きかってトーク、もう笑いすぎておなか痛かった!」
『なんだよそれ……。でも、菜々ちゃんがリアルタイムで聴いてると思うと自由に喋れないから、俺としてはタイムフリーで聴いてくれる方がいいかな』
「なにそれ! じゃあ、次は絶対リアタイする!」
『いや待って待って! 勘弁して!』
イライラしていた気持ちが、やっと切り替えられた。十分ほどそうして話し、『ごめん、そろそろ戻るね』と達樹くんは慌ただしく電話を切った。
こんな時間なのに、まだ仕事してるんだなあ……。
そう思うと、さっきのあの飲み会も仕事と思わないといけないのかな、と反省し掛けたが、いやいやお金ももらえないのに、猫なんて被れない! と思い直す。せっかく体を休められる土日なのに、月曜日のことを考えると、ただただ憂鬱になってしまうのだった。