078 シャングリラ後日談

□君に歌う歌
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大北さんの歌はわかる。そして、佐々木さん、マリナさんの歌もギリギリわかるが、高崎さんの歌はさすがにわからないものが多かった。それでも、いわゆる昭和歌謡は私には新鮮で、悲恋を歌ったものには思わず共感してしまう。

「菜々ちゃん、泣いてる!?」

「や〜〜……いい歌ですね……」

「高崎さん、菜々ちゃん泣かさないでくださいよ」

「いやー、こんな若い子を歌で泣かすとは、俺もまだまだ現役でイケるな。でも、今日菜々ちゃんを歌で泣かせるのは俺の役目じゃねえよなあ」

そう言って、高崎さんは達樹くんを見た。つられるように、皆も達樹くんに詰め寄った。

「坂井。菜々ちゃんにラブソング歌えよ」

「絶対イヤです!! 勘弁してください!!」

「私もイヤですっ!!」

「なによ、減るもんじゃないしいいじゃない!」

「そんなイタくてサムいことできるわけないじゃないですか!!」

「あー? なんだその言い方。誰のおかげで今菜々ちゃんと一緒にいれんだ、コラ」

佐々木さんの一言に、達樹くんも私も口ごもった。

「ったくよ〜稽古の時からあれこれお膳立てしてたってのによ〜! ちょっとくらい仲良くやってる二人を拝ませてくれたっていいよなあ!」

「そーだぞ、達樹はともかく菜々ちゃんには今となっちゃめったに会えねーんだ。あー俺らのおかげでうまいことやってけてるんだなーって感慨に浸らせろ!」

はあ、と今日一番大きな溜め息をつき、達樹くんはデンモクを操作した。画面に表示されたのは、斉藤和義の『歌うたいのバラッド』だった。

「いーーねーー!! 坂井、いいチョイス!!」

「大北さん、声でけえ……」

「菜々ちゃん、知ってるかしら?」

「斉藤和義は知ってます……タイトルも見たことあるけど、どんな曲だったかな……」

「たぶん、聞いたらわかるよ! 有名だし、いろんな人がカバーしてるから」

言われて耳を傾けたが、暫くは耳に馴染みのないメロディだった。それがサビに入ると、「これか!」と納得した。本当に真っ直ぐなラブソングで、歌う達樹くんの顔を直視できない。達樹くんは平気なようだったが、最後のサビで声を詰まらせた。

「……聞いておくれよ、あ……」

いややっぱムリです!! と達樹くんはマイクを置いた。

「何よ、だらしない! 今のとこ以外、普通に歌ってたじゃない」

「がんばった方ですよ……マジで勘弁してください」

「菜々ちゃん、どうだった? 心に響いた?」

「う……すごくいい歌ですけど、恥ずかしいです……」

私たち以外、皆明るく笑った。じゃあ次は菜々ちゃんが達樹にラブソングを、という流れになったが全力で拒否し、無難な失恋ソングや応援ソングを歌った。

時刻は深夜二時だった。月に一、二回はカラオケで仁美とオールすることもあるが、仁美のような気心の知れた友達、というわけではないメンバーと、しかも達樹くんも交えての会食とカラオケで少し疲れて来てしまった。みんな仕事の後のはずなのに疲れを全く感じさせないほど元気いっぱいで、芸能人ってほんとに夜型なんだなあ、とぼんやり考えた。

「ちょっとお手洗い行ってきますね」

化粧が崩れていないか心配になり、トイレに立った。携帯を見ると、もう二時半を回っている。みんな何時まで歌うのかな、最後まで付き合えるかなあ、と考えながらトイレから出ると、達樹くんが待っていてくれた。

「菜々ちゃん。疲れてない?」

声を掛けてくれる達樹くんに、懐かしい気持ちが蘇る。

「大丈夫。なんだか……千秋楽の打ち上げの時のこと、思い出すね」

あの時も、トイレに立った私を、達樹くんが心配して迎えに来てくれた。

「あの時はみんなに促されて来たけど、今日は自分で来たよ。もう時間も遅いし、眠くなって来たんじゃない?」

「なにそれ! 子供扱いして!」

「いや、大体今日のメンバーだと解散朝方になるからさ。さすがにしんどいと思うよ」

「ええ……朝方って、4時とか5時? みんな元気だね……」

「俺もいつもなら付き合うんだけどね。今日は菜々ちゃんがいるし……」

そう言って、達樹くんは思い出したように口を尖らせた。

「菜々ちゃん、ずりーよ! 俺にだけラブソング歌わせて。菜々ちゃんのラブソングも聞きたいのに!」

「あ、ムリムリ。死ぬ死ぬ」

「軽っ! くっそー、俺も歌わなきゃよかった……」

「や、そんなこと言わないで! 今度、もし二人で来れたら、歌うから!」

そう言うと、達樹くんは私の鼻先に顔を突き付けた。

「言ったな? 約束だからね」

「うん。約束約束」

「軽いって! ぜってー嘘じゃん!」

笑いながら二人で部屋に戻ると、佐々木さんに声を掛けられた。

「おう、お帰り。菜々ちゃん、タクシー呼んだから、そろそろ帰りな。達樹、送ってやれ」

「え!? 私、大丈夫ですよ!」

そう言うと、佐々木さんは肩を竦めた。

「菜々ちゃんは大丈夫でも、達樹が『そろそろ菜々ちゃんと二人きりになりたい』ってオーラめちゃくちゃ出してんだよ」

佐々木さんの言葉に、達樹くんが大声を上げた。

「佐々木さ……何言ってんすか!」

「あ? なんだ? 違うってのか?」

達樹くんはぐっと言葉を詰まらせた。

そ、そんなこと考えてたの?

「ったく……バレてないとでも思ってんのか? しかし、一応俳優なんだから、もうちょい、そのわかりやすすぎるとこ、なんとかしろよな」

尚も言葉を詰まらせる達樹くんを見て、つい笑ってしまった。私としては、達樹くんのそういうところも好きだけどな。そう思っていると、佐々木さんの矛先が突然私に向いた。

「菜々ちゃんは、『そういう達樹の一面も好きだ』って今思ったな」

顔から火が出そうになる。

「佐々木さんっ!! もお、何で〜〜!?」

「二人とも、自分の胸に訊け! じゃあな、達樹。菜々ちゃん、またこうして集まろう」

「あーん、菜々ちゃん! またお土産坂井に渡すからね!」

「菜々ちゃん、会えてよかったよ。今度は最初から合流できるようにするからね」

「菜々ちゃん、坂井はあとB'zとかポルノとかラルクもいいよ。今度リクエストしてみ」

「ちょっ……みんな、なんで俺には何の挨拶もナシなんすか?」

また笑い声が起こった。

優しくて楽しいいい仲間に巡り会えて、作品に携われたことが、本当に幸せ……。

皆に感謝しながら、私は達樹くんとタクシーを待った。
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