078 シャングリラ後日談

□君に歌う歌
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楽しい時間はあっと言う間に過ぎる。腕時計を見て、森野さんが立ち上がった。

「すみません、私、明日7時に成田なんです。そろそろ失礼しますね」

「あら! 早いのね。お疲れ様!」

「菜々ちゃん、会えてうれしかったよ! また集まろうね!」

「はい! 明日早いのに、来てくださってうれしかったです!」

「来るよ、もちろん! 次のドラマも観てよね!」

「めちゃくちゃ観ます! ありがとうございます!」

森野さんが帰ると、一人欠けただけなのに寂しく感じてしまう。すると、佐々木さんも携帯を見ながら声を上げた。

「お! 高崎さんだ。終わったってよ! こっちもここ切り上げて、二次会行くか?」

「行きましょうか。坂井、お前、明日は?」

「明日は昼からです。菜々ちゃんは?」

「私は、明日はバイトだけです。夕方からなんで連れてってください!」

「そっか。今日、金曜日ね。菜々ちゃんが行くなら、私も行くわ!」

そして、皆で連れ立って店を出た。また皆で来てくれよ、と正巳さんはいつまでも手を振ってくれた。運転のためにお酒を飲んでいなかった佐々木さんの車に乗り込み、尋ねてみた。

「二次会って、どこに行くんですか?」

「カラオケだよ。いつもそうなんだ。高崎さんが好きなんだよなあ」

カラオケ!

少し呆気に取られていると、隣に座っていた大北さんがこそっと耳打ちして来た。

「菜々ちゃん、坂井とカラオケって行ったことある?」

「ないです……。ていうか、外で会うことが、今日、初めて……」

大北さんは驚いたように仰け反った。

「すげー気を遣ってんだね。飯も外で食ったことないの?」

「ないです。いつも、どちらかの家で食べます」

「マジかよ……徹底してんなあ。それなのに撮られるなんて、気を付けてても撮られる時は撮られるんだな」

そう言って、大北さんは思い出したように付け足した。

「裏から入れるようなご飯屋さん、いくつかピックアップして坂井に入れ知恵しとくよ。たまには外でデートするのもいいよ」

「えっ……すみません、わざわざ」

「カラオケも、今から行くとこは芸能人がよく来るとこで、裏から入れたりもするから、これから菜々ちゃんも坂井と行くといいよ」

「えっ……えーと、達樹くんが嫌がらなければ……」

ぽつりと呟くと、大北さんはニヤッと笑った。

「ふふ。坂井、歌うまいよ。舞台の時の歌とは違うから、びっくりするんじゃないかな」

「ええっ……聞く前からハードル上げちゃって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫。あいつ、年離れた兄貴いるの知ってる? だからか、ちょっと菜々ちゃんからしたら古い曲ばっかチョイスするかもしんないけど、俺ら世代にはドンピシャなんだよなあ」

私より四つ年上の達樹くんと普段話していても、ジェネレーションギャップを感じたことはなかったが、達樹くんのお兄さんは八歳年上だと雑誌の取材か何かで見たことがある。

「ドキドキします……達樹くんの歌もだけど、達樹くんの前で歌うのもイヤだなあ……」

「大丈夫だよ! 菜々ちゃんの歌、楽しみだなあ」

大北さんの声に、前で話をしていた佐々木さんが割り込んで来た。

「なんだー? 二人して楽しそうに。達樹がすげー怖い顔してるからやめてくれよ」

「なんだよ。坂井、お子ちゃまだな。せっかく、いい情報流してやろーって話してたのに」

「いい情報?」

「裏から入れるようなうまい店だよ。たまには菜々ちゃんいいとこに連れてってやれよ」

「なんすか、それ! ……でも、一応、教えといて下さい」

笑い声が起こった。そこでちょうどお店に着き、車を降りると、高崎さんが出迎えてくれた。

「菜々ちゃん! 久しぶりだなあ、元気?」

「高崎さん! ご無沙汰してます、元気です! 高崎さん……この前は、お力添えをいただいて、ありがとうございました」

「なんだ、あんなこと。菜々ちゃんのためなら、どうってことないよ。さあ、発散しよう!」

高崎さんに促され、店内に入った。薄暗い照明の部屋の中、また隣に座らされたらどうしよう……と心配したが、マリナさんは私を達樹くんの正面に座らせた。

「この方がよく見えるからね!」

それを聞いて後悔した。達樹くんの歌はともかく、自分が歌う時に達樹くんに見られるのは勘弁してほしい。そう思ったが、もう両隣をマリナさんと大北さんにガードされてしまった。

「じゃあ、達樹から!」

「ええ……一発目っすか? 菜々ちゃんの前で……」

「なんだよ、情けねえな。康平、いつも達樹が最初に入れるヤツ入れてくれ」

「はい」

流れたのは、ミスチルの『Tomorrow never knows』だった。

「菜々ちゃん、知ってるかな?」

「知ってるよ! 世代じゃないけど、有名だもん」

はーっと息をつき、達樹くんが歌い始めた。大北さんの上げたハードルを軽々と越える歌声に、思わず聞き入ってしまう。マイクを持つ手や筋張った首筋を、見ていたいけど、見ていると恥ずかしいような、妙な感覚に陥った。間奏に入ると、大北さんがこっそり耳打ちして来た。

「どう? うまいでしょ!」

「はい……。うちの彼氏、欠点ないんですかね?」

うっとりとしながら呟くと、大北さんは大笑いした。

「坂井! 菜々ちゃんが、『うちの彼氏には欠点がない』だってよ!」

それを聞いて、烏龍茶を口に含んでいた達樹くんが吹き出しそうになった。

「ゲホッ! う、変なとこ入った……」

「坂井、早く! 始まるって!」

息を整えて、達樹くんが再び歌い始める。かなり恥ずかしいことを口走ったし、それを皆にバラされてしまっても、それでもいいと思えるほど、達樹くんの歌は本当に上手だった。曲が終わり、私は一番に拍手した。

「すっっごく上手だった!! ほんとにかっこいい!!」

「こういう時に照れないところが、菜々ちゃんは大人よねえ」

「いい子だよ、本当に……」

「なんすか! みんな菜々ちゃんに甘いな! じゃあ、次は菜々ちゃんの番ね」

「ええ!?」

やばい、全く考えてなかった。

あいみょんやYOASOBIを歌おうかと思ったが、皆年上だし、誰でも知ってる曲がいいかな? と考えた。でも、あまり古い曲にするとそれはそれで嫌味かもしれないと、いきものがかりの『YELL』を入れてみた。歌が終わると、今度は達樹くんが一番に拍手してくれた。

「すっっごく上手だったよ、菜々ちゃん!」

「もう、ごめんってば……そんな当てつけみたいな言い方しないで……」

「いや、菜々ちゃん、ほんとにうまかったよ! さすがだなあ」

「沁みるわ……『YELL』、いい曲よね〜〜」

「もったいない。また俺の舞台に出てほしいなあ」

「菜々ちゃんこそ、欠点ないよな。坂井、いつまでもパチパチうるさい。じゃ、高崎さんどうぞ」

「よーし!」
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