078 シャングリラ後日談

□灯
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映画『泡沫』の公開からおよそ二ヶ月。主演ではないが、達樹くんの出演する映画がまた公開されるということで、私は仁美と映画館にやって来た。今回は恋愛映画ではなくサスペンス映画で、この前のような思いをする必要がないと、達樹くんは「ぜひ観て!」と胸を張って勧めてくれていたので、私も楽しみにしていた。今度こそ、ちゃんと映画の感想を伝えられる! と意気揚々と鑑賞に臨んだのだが、別の意味で、映画の内容が全く頭に入って来なかった。



「は〜〜〜……」

「あ〜〜〜……」

二人して大きく息をつく。仁美は興奮を抑えられないように私の方を向いて声を上げた。

「面白かったね……!」

しかし、私は半ばトランス状態に陥りながら、譫言のように呟いた。

「もう……達樹くんがかっこよすぎて、爆発しそう」

「何それ! 全然映画の感想じゃないじゃん!」

仁美が大声を上げる。確かにその通りなのだが、そして、我ながら恥ずかしいとも思うのだが、とにかく達樹くんがかっこ良すぎて、途中からストーリーに振り落とされてしまった。

「いや、かっこよくなかった?」

「かっこいいよ! それはわかってるけど!」

「もうだめ……死ぬ……かっこよすぎる……」

「あんた、そんな感想本人に伝えるつもり? アホだと思われるよ」

「思われてもいい……」

仁美は呆れたように背もたれに体を預けた。

「まあ……確かにかっこよかったね。無精ひげ生やして、タバコ吸ってさ」

「そー!! そーなの!! タバコ吸ってるとこ、初めて見た……!!」

「あんた、タバコ嫌いじゃん」

「坂井達樹が吸うなら話は別。ほんとかっこよかった……ええもん見た……」

「キャラ変わってるよ……。でも、あんな役、ほぼ初めてじゃない? 今まで割とアイドル俳優的な立ち位置だったのに。タバコなんて今風当たり強いのに、菜々とのスキャンダルの時あんな対応した事務所がよくあの役引き受けたね」

CMの契約解除や映画の興行収入の落ち込み、イメージダウンを懸念して私と達樹くんを遠ざけた彼の事務所。今回の達樹くんの役は、完全犯罪を目論む組織の現場作業員で、くたびれたツナギを身に纏い、無精髭を生やして気怠そうに煙草の煙を燻らせる姿は、確かに今までの役とはかなりイメージが違う。

「これをきっかけに、役の幅が広がるかもね。はまり役だったもん」

「うん……これからもいろんな達樹くんが見たいなあ」

「よっぽどだったんだね……観終わって30分経つけど、まだアンタから『達樹くんかっこいい』しか聞けてないよ」

「マジでかっこよかった。次に達樹くんに会うまでにできるだけたくさん観る」

「『泡沫』の時と全然違うじゃん……」

仁美の溜め息を気にも留めずに、今観たばかりの映画のパンフレットの中の達樹くんをゆっくりと眺めた。遠い目をして、煙草を咥える達樹くんの横顔に胸が高鳴る。

本当に、映画の感想をなんて伝えよう……。

悩みながらも、私は達樹くんの写真から目が離せないでいた。
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