078 シャングリラ後日談

□深海
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部屋に戻り、映画を観て感じたことを必死で文章にしようとするのだが、達樹くんが喜んでくれそうな内容が浮かばない。半ば諦めて、「『泡沫』観たよ。すごく感動した!達樹くんかっこよかったよ」と、全く感想になっていない誰にでも書けるような感想をラインした。達樹くんは比較的すぐに返事をくれたが、読むのが躊躇われ、いつまでも既読を付けることができずにいた。「本当に観たの?」と言われそうで怖かったからだ。一時間ほどそうして携帯を取っては置き、取っては置きを繰り返した後、漸く返事を読むと、「ありがとう。今日の夜、少し時間がありそうなんだけど、部屋に行っていい?」と、私の感想には触れられていない内容だった。私が感想を考えるのに苦労したことを、恐らく見抜いている。今日達樹くんに会うのは少し怖かったが断れず、「うん。ぜひ来て!」と返事した。



二十二時過ぎ、達樹くんが部屋にやって来てくれた。目の前に達樹くんがいるのに、映画のせいか、素直に喜べない。まともに目も合わせようとしない私の心中を達樹くんは察しているようで、単刀直入に尋ねて来る。

「『泡沫』、観てくれたんだね。どうだった?」

「うん……安田さんがすごく切なくて……安田さんが追いかけても追いかけても、百合香さんを捕まえられないのが……観ててちょっとつらかったな」

「それだけ?」

そう言って達樹くんは立ち上がり、お茶の準備をしている私の側に来て、私の手首を掴んだ。

「な、なに……?」

「安田が気の毒で、観ててつらかったの? 俺と早川さんがしてることを観てつらいとは思わなかった?」

「達樹く……っ!」

私の返事を待たずに、達樹くんは私の唇に噛み付いた。手首を掴まれたまま壁に押しやられる。必死に達樹くんの唇に応えるも、あまりに強く手首を掴まれていて、耐え切れず声を漏らした。

「は……っ、達樹くん、痛い……っ」

唇が離れ、達樹くんと目が合った。瞬間、『泡沫』で観た達樹くんが脳裏にちらついた。

「や……!」

反射的に、達樹くんの手を払い除けた。どくん、どくんと心臓が嫌な音を奏で、全力疾走した後のように呼吸が浅くなる。どんなに息を吸っても、酸素が脳に回って行かないような気分になった。

「菜々ちゃん……」

達樹くんの戸惑うような声音に、体が震える。返事も、達樹くんの方に向き直ることもできずにいると、私の肩に手を置いて「ごめん」とだけ呟き、彼は部屋を出て行ってしまった。一人取り残されると、途端に目に涙が溢れた。

達樹くんを、拒むなんて初めて……。

感情を抑えることができないまま、私はいつまでもその場から動けずにいた。
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