078 シャングリラ後日談

□深海
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翌週、私はテレビのワイドショーで『泡沫』の舞台挨拶の様子を観ていた。ダークグレーのスーツに身を包んで登壇した達樹くんは、もう観ているだけで天に召されそうなほどかっこいい。

「はー……かっこいい……このスーツ着て会いに来てくれないかなあ……いやそしたら私が気絶するわ……」

ブツブツと気持ちの悪い独り言を言っていると、達樹くんの相手役の早川楓が、ワインレッドのイブニングドレスに身を包んで達樹くんの隣に寄り添った。

「わあ……やっぱりきれい……」

早川楓は今期待の若手女優で、ドラマ、映画、CMとテレビで観ない日はないほどだ。少女漫画原作の実写映画のヒロインに起用されることが多く、様々な俳優と共演している。それにしても……。

「こういうことかあ……」

早川楓は「女が嫌う女優」として度々ネットニュースで話題に上る。仕草や話し方があざといとか、共演した俳優へのスキンシップが過剰だとか言われているようだが、私としてはいまいちピンと来ていなかった。それが、今こうして達樹くんの側に立っているのを観ていると、確かに必要以上に距離が近いように見えるし、軽く肩を叩くくらいはいいものの、抱き付こうとしたり、「達ちゃん、大好き!」といった発言は、ちょっといただけない。達ちゃんって何なの!

『達ちゃんとはもう何度も共演しているので、もう本当に息ピッタリという感じです! NGもほとんど出なかったし、映画の内容は切ない物語ですが、とても楽しい現場でした!』

『そうですね。今回のようなラブシーンは自分にとっては初めての試みでしたが、早川さんがお相手でやりやすかったです。皆さんぜひ、そちらに注目して頂けたらと思います』

やりやすかった……。

胸がちくちくする。達樹くんにとってはただのお仕事だってわかっているのに、なんでこんな気持ちになるんだろう……。

公開をとても楽しみにしていた映画なのに、自分の感情に整理が付かず、憂鬱な気持ちに苛まれてしまうのだった。
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