078 シャングリラ後日談

□露呈
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そして、達樹くんの言葉通り、翌週発売の週刊誌に私の写真が掲載された。二人は昨秋公演の舞台の稽古で親密になり、千秋楽の後に交際に発展したとある。概ね事実の通りで、私はうなだれた。なんとなくテレビを点けると、ちょうどワイドショーの真っ最中で、達樹くんと私のニュースを取り上げられていた。私と同い年くらいの女の子がインタビューされていて、「ファンだったのでショックです!」と答えているのを見て、耐え切れずテレビを消した。

大学へ行くと、通りすがりの人が、チラチラとこちらを見たり、指をさして来るのがわかった。必修の教室に入ると、一斉に友達に囲まれる。

「菜々、坂井達樹と付き合ってんの!?」

「そんなわけ……人違いだよ」

「でも、あの写真、菜々に似てたよ」

「そうそう! 記事の内容もすごい辻褄合ってるし!」

「なんで言ってくれないの! 自分だけズルいよ!」

「ねー、芸能人と付き合うってどんな感じ? おいしいもの食べれて何でも買ってくれたりするの?」

私はげんなりした。そこで仁美がやって来て事態を収束させてくれたが、噂が収まるまで毎日、こんなやりとりを続けないといけないのかと、頭を抱えてしまった。

それでも、私は記者会見の翌日のことを思い出し、身を奮い立たせた。あの時も、こんな風に友達に囲まれて心底煩わしかったが、達樹くんの方が私の何倍も煩わしい思いをしているはずなのだ。

つらくても、なんとか堪えないと……達樹くんのためにも……。



「はあ……」

「菜々、しっかり。今が正念場だよ。遅かれ早かれこうなってたんだから。避けては通れないよ」

「わかってるよ……」

二限終わり、私は仁美と食堂にいた。食欲はなかったが、食べないわけにもいかないので、掛け蕎麦だけを注文した。

「達樹くんはなんて言ってたの?」

「インターホンとか、差出人の書かれてない手紙に気を付けてって。エゴサしちゃいけないって。周りの人に何か訊かれてもごまかしてって」

「んー……難しいね……」

「私……自分のことをいろいろ言われるのはいいの。達樹くんがあることないこと言われたり、迷惑かけちゃうのがもう……」

「そんな優等生みたいなこと言って。あんただってつらいに決まってんじゃん!」

「実は……昨日眠れなくて、ダメだって言われたのに、ちょっとだけエゴサしちゃったんだよ……。なんか、私たちのことを、快く思わない人がこんなにいるのかと思うと……誰からも祝われない関係なんて、って弱気になっちゃって……」

私の言葉に、仁美は真っ赤になった。

「何言ってんの! 顔も知らない、どこの誰かもわかんないヤツにあれこれ言われたって、それが何なの? 菜々が好きな人が、菜々のこと好きって思ってくれて、大切にしてくれてる、これが一番大事でしょ!」

言い終えて、声が大きかった、と仁美は口を押さえた。仁美の言葉は紛れもなく正論で、弱り切っていた私の心を包んでくれるようだった。

「ありがと……ごめん……」

その時、仁美の声に反応したのか、こちらをチラチラと見ている女の子二人組が目に入った。気付かれたのかな、と思った次の瞬間、そのうちの一人がよく通る声で言った。

「あれが加納菜々? 大したことないじゃん。坂井達樹に釣り合ってないよ」

「やめなよ〜。聞こえるよ!」

「私の方がまだましに思えるけど。ファンだったのに、あんなの選ぶなんてガッカリするなぁ」

クスクス笑いながら二人は去って行った。仁美は立ち上がって追い掛けて行きそうな勢いで苦々しげに吐き捨てた。

「何あれ! 聞こえよがしに!」

「いーよ、仁美。反論したら、噂を認めることになっちゃうし。それに……残念ながら、釣り合ってないってのは私もそう思うしね」

自嘲気味にそう言うと、仁美は泣きそうな表情で私を見た。

「そんなことないよ、菜々……」

「……仁美、しばらく、一緒にご飯食べるのやめよ。迷惑かけられないから」

「イヤだ。今菜々が言ったじゃん! そんなことしたら、噂を認めることになるって。普段通りしてようよ。そんなこと言わないでよ……」

今度こそ、仁美は泣きそうになっていた。その表情に胸が詰まる。

「ありがと。うれしいよ」

無理矢理微笑んで見せたが、仁美には作り笑いだとすぐにバレてしまう。

「も〜〜……あんたエゴサ禁止! つーか、あんたエゴサの仕方悪いんじゃない? 私も軽くツイッター見たけど、舞台観た人の評判は悪くないよ」

「えっ!? 本当?」

「うん。えーと……『当時からお似合いだと思ってた』とか、『演技上手だったし可愛かった』とか、『千秋楽の後で付き合い始めたっていうのが仕事を大切にしてる感じがしていい』とか、『俳優取っ替え引っ替えする女優やアイドルより、ああいう子を選ぶ坂井達樹に好感持てる』とか、『加納菜々って検索したけど何もヒットしない。SNSやってないのは坂井達樹に配慮してる感じがしていい』とか……」

仁美は携帯を見ながら、ひとつひとつ丁寧に読み上げてくれた。

全然気が付かなかった……無意識に悪い意見ばかり目に入ってたのかも……。

「ありがと、仁美。元気出たよ」

「いーよ。菜々と達樹くんに何かあったら、なんか知んないけどこっちまで気分よくないんだよね」

「仁美〜〜……愛してる!!」

「はいはい、私もだよ。菜々、今日バイトは?」

「今日は休み。なんで?」

「私も今日は休みだから、部屋行く。お互い休みの日はしばらく行くから! コーヒー用意しといて」

「ええっ!? 何でよ!!」

「変に外出しない方がいいし、一人でいるといろいろ考えすぎるでしょ。やだって言っても行くからね」

なんて、私も一人でいるといろいろ考えすぎちゃうから菜々のそばにいたいだけなんだけど、と言う仁美に、涙が込み上げそうになる。

「ほんとに……いつも、ごめんね」

「いーってば! 達樹くんに会えない間は、私が菜々のそばにいないと、達樹くんに怒られそうじゃん。この前の合コン騒動のこともあるしね」

つい数ヶ月前の合コン騒動のことを思い出した。友達に誘われて、ただの食事会だと思っていたら実は合コンだったあの騒動。達樹くんにバレて、怒らせて悲しませた。あれから三ヶ月しか経っていないのに、また達樹くんを困らせることになるなんて……。

気持ちが沈みそうになったが、仁美の「講義終わったらいったん部屋戻ってすぐ行くから!」という一言に、少しだけ前向きな気持ちになれた。だが、部屋に戻ると、身の毛もよだつ出来事が待っていた。



何とか一日をやり過ごし、重い足取りでアパートに戻って来た。鞄から鍵を取り出そうとしていると、遠くで『カシャ、カシャ』という音が聞こえた。振り向くと、人影が向こうへ走り去って行くのが見えた。

まさか……私の写真を撮ってたの!?

鳥肌が立った。オートロックを開けて、恐る恐るポストの中を覗く。チラシやDMに混じって、宛名も切手も差出人もない真っ白な封筒があった。達樹くんに言われたことを思い出す。まさか、これも……。

どうしよう……怖い……!



仁美は三十分程で部屋に来てくれた。先ほどの出来事を説明すると、仁美は顔色を変えて、「その封筒、見せて」と言い出した。やめた方がいいと言っても、いいから! と聞かないので、仕方なく渡した。中身に目を通した仁美は荒々しく便箋を封筒に突っ込んだ。

「菜々は読まない方がいい……」

「やめてよ……気になるじゃん」

「大丈夫だよ、犯罪予告とかじゃないから」

「怖いこと言わないで!」

その時、インターホンが鳴った。私も仁美も飛び上がった。二人でモニターを確認すると、見覚えのない中年の……男性か女性かもわからない、帽子を目深に被り、ロングコートを羽織った人が立っている。

「菜々……出ちゃダメだよ」

「わかってるよ……」

その後、二回、三回とインターホンが鳴らされ、私は取説を引っ張り出し、音が出ない設定に切り替えた。音が止んでも、そこにまだいるのだろうと思うと、体中が冷たくなって行くのを感じる。小さく体を震わせる私を、仁美は掛ける言葉がないとばかりに見つめていた。
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