078 シャングリラ後日談

□コネクション
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車内にはこれ以上なく重苦しい空気が流れていた。

気まずすぎる……消えてなくなりたい……。

何か言って欲しい、と思ったが、それを達樹くんにさせてはいけないと、私は消えそうな声で呟いた。

「達樹くん……ごめんなさい……」

暫く、達樹くんは何も言わなかった。前を向いたまま小さく息をつき、穏やかな、でもはっきりとした口調で達樹くんは滔々と話した。

「……何もなくて良かったけど……男って本当に、そういう目的のためなら手段を選ばない奴も中にはいるから。俺が電話しなかったら……この後何時間かわからないけど、今日初めて会った男たちと過ごすつもりでいたの?」

何も言えなかった。正直、そこまで深く考えていなかった自分を呪いたくなった。

「……菜々ちゃんはまだ若いから、想像しにくいかもしれないけど、でも本当だよ。俺が電話してなかったら、今頃何されてたかなんて、誰にもわからないんだから」

そう言いながら、達樹くんは思い出したように付け足した。

「そう考えたら、仁美ちゃんに悪いことしたな。さっきの口振りだと、仁美ちゃんも何も聞かされてなかったんだよね? 仁美ちゃんだけでも、一緒に車に乗せればよかったかな」

私だけでなく、仁美の心配までしてくれる達樹くんに、もう、申し訳ないという言葉では表し切れないほど申し訳なくなった。

「ごめんなさい……友達がどういうつもりかわかった時に、体裁なんか気にしないで、帰って来ればよかった。もう二度としません。ごめんなさい……」

今度こそ涙が溢れた。達樹くんに見られないように俯くと、彼は私の右手をきゅっと握ってくれた。

「もういいよ、謝らなくて。……その代わり、俺の言うこと、ひとつ聞いてくれる?」

「聞く! 何でも聞く!」

二つ返事で快諾したが、すぐに後悔した。

「今日、うちに泊まって行って」

泊ま……えええ!!??

「もう今日は絶対帰したくないから。嫌だって言っても帰さない」

「で、でも、私何も持ってない……! し、下着もないし、コンタクトだし、化粧品だって最小限しか」

「21時前か。余裕だな。買える買える」

「買えっ……私、そんなお金……」

「俺が買うって。もういーから黙って座ってろ」

「あう……」

な、なんでこんなことに……。

お泊まりなんて、今までしたことないのに……達樹くんと一緒に眠るなんて、ね、眠れるわけない……! はっ、化粧落とさないといけないの!? すっぴんなんて絶対見せれない……!

ぐるぐる考えていると、達樹くんが吹き出した。

「なんて顔してんだよ! 菜々ちゃんのせいなのに」

「だって……」

「俺と一緒にいるのイヤ?」

「イヤじゃない! イヤなわけない! うれしいけど、でも、そうじゃなくて……」

モゴモゴしていると、達樹くんは盛大に溜め息をついた。

「……さっきは仁美ちゃんにあんなこと言っちゃったし、今も菜々ちゃんにはカッコつけたような言い方しちゃったけど。俺が必死でスケジュール調整して菜々ちゃんとの時間作ろうとしてんのに、わけもわかんねえ男が菜々ちゃんと飯食ってるってのがどんなに腹立つか……。その席代われや! ってすげー思うわ。俺はろくに菜々ちゃんと外で飯なんか食えねえってのに……」

ブツブツ文句を言う達樹くんに、私は呆気に取られてしまった。

「えっと……達樹くん、やきもち、やいてるの?」

恐る恐る尋ねると、達樹くんは苦虫を噛み潰したような顔のまま、目だけをこちらに向け、心底気分悪そうに呟いた。

「……当たり前だろ。あのなあ、自分の彼女が黙って他の男と合コン行ってんのに、平静でいられるかよ」

絶対に笑ってはいけないところなのはわかっていたが、耐え切れず吹き出してしまった。

「え!? 笑った!? ひで……大真面目に言ってんのに!!」

「あはっ、ごめ……だって、達樹くんなんて、恋愛に関しては百戦錬磨なんじゃないの?」

「なんだよそれ……そんなことねーよ。何なら、嫉妬深すぎるとか言われて、今まで散々痛い思いしてきてるから。菜々ちゃんにまでこんな思いさせられて……」

またブツブツ文句を言う達樹くんに、愛おしさが込み上げる。今度は自分から、達樹くんの手を握った。

「達樹くん……ごめんなさい。お泊まり、イヤじゃないよ。今日は、達樹くんの言うこと、何でも聞く。いい子にするから、怒らないで……」

そう言って、いつかと同じように、達樹くんの手の甲にキスをした。そのまま、ぎゅっとその手を抱き締めると、達樹くんの表情が、泣きそうに歪んだ。

「……本当に、心配したよ。無事で良かった……」

「……うん……来てくれて、ありがとう……」
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