078 シャングリラ後日談
□コネクション
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そして、土曜日がやって来た。懸念した通り、ダラダラと続く来店のおかげでなかなか時間通りに退勤できず、結局タイムカードを押せた時には十八時半を回っていた。慌ててお店に向かうと、お店の前で仁美が私を待ってくれていた。二人で中に入ると鈴華と彩乃が出迎えてくれたが、店内の豪華なシャンデリアや壁に並べられた大量のワインや薄暗く感じるほどの照明にすっかり圧倒された。だが席に通されると妙な違和感を覚えた。
「ねえ、なんでこんな座り方してんの? 向かいに座ればいいじゃん」
「いいから、いいから。もうちょっと待って。すぐ来るから」
尋ねても、鈴華は楽しそうに私を椅子に座らせるだけで要領を得ない。「来るって、何が……」と声を上げた時、知らない男の人が数人お店に入って来て、私たちの席の向かいに座った。
「鈴華ちゃん、お待たせ」
「大丈夫! 私たちも今来たとこだから!」
……はああああ!?
「鈴華! ちょっと……」
「じゃ、乾杯しましょー! 何飲みますかあ?」
これって……もしかしなくても合コン!!
「仁美!」
小声で仁美に声を掛けると、彼女も戸惑った様子だった。
「私も聞いてないよ! 合コンならもっとちゃんとした服着て来たのに……」
「いや何言ってんの! 私帰……」
「菜々ちゃん。どうしたの? 飲まないの?」
正面に座った男が、私と仁美の話を遮るように声を掛けて来た。
えっ、なんでこの人私の名前知ってんの……?
わけもわからず勝手に飲み物を注文され、乾杯もさせられた。こんなところで、千秋楽の後の打ち上げの時に身に付けた、グラスに口を付けて飲むふりをする、というテクニックが役に立つとは。
私からは何一つ話していないのに、男たちは全員、私の名前を知っていた。まさか舞台を見てくれた人たちなのかな? と思ったが、その割には舞台の話を一向にして来ない。
「菜々ちゃん、趣味とかある? どこに住んでるの?」
「俺、趣味でバーテンやるんだけど、良かったら今度菜々ちゃんにご馳走するよ」
「彼氏いないって本当? どれくらいいないの? 可愛いのになあ」
何なの、この人たち……私にばっかり……。
「鈴華。ちょっと」
耐え切れず、無理矢理鈴華をトイレに連れ出した。
「どういうこと!? 合コンなんて一言も言わなかったよね!!」
「怒んないでよお! 忍くんいたでしょ? あの人IT企業の社長なんだよ! コネで知り合って、合コンしたいってずっと言ってたのに、全然ノって来ないんだもん」
「……はあ? 話が見えないんだけど……」
誰だよ、シノブくんて……覚えてないわ。
「可愛い子が来るなら人数揃えてもいいって言うから、菜々の写真見せたら、この子呼んでって言われちゃったの! だから菜々を呼ばないわけにはいかなかったの! 菜々、今彼氏いないでしょ? 男の子たちも、みんな菜々のこと気に入ってるみたいなのに、なに怒ってんの?」
……そういうことか。
納得したが、私は力が抜けてしまった。
「……せっかくだけど、私今、別に彼氏ほしいって思ってないんだけど……」
「別にいいじゃん! コネだよコネ! こうして繋がれたら新しい人と出会えるんだから!」
だめだ……話が通じない。全然、自分のしたこと、悪いって思ってない。
「さ! 戻ろ! あんま長く席空けると印象よくないよ」
ぐいぐいと鈴華に引っ張られる。席に戻って仁美を見ると、自分だって何も知らなかったくせに、それなりに楽しんでいるようだった。崩れるように席に着くと、男たちが矢継ぎ早に話し掛けて来た。
「菜々ちゃん、お帰り。ねえ、どんな男がタイプなの?」
「お! 俺も聞きたい」
「俺ら、金ならあるよ。この前新車のランボルギーニ買ったんだ」
……一応、私も、年頃の女の子だ。合コンの経験がないわけではない。
でも……合コンって、こんなつまんないものだったっけ?
帰りたい……とげんなりし始めた頃、携帯の着信音が鳴った。画面を確認すると運のないことに、今一番話したくない相手だった。
「ねえ……電話、まさか……」
仁美が小声で話し掛けて来る。
「うん……ちょっと席外すね」
菜々ちゃん、どこ行くの? という男たちの声に返事もせず、私は携帯を持ってトイレに走った。